第58話 紡がれた求愛

決勝戦の会場に、向かって歩む少年を見て、改めて観衆は、感嘆のため息をもらした。

なんと、美しい少年なのだろう。

これは彼が、衣装を新調していたこととも関連する。

リウが、それなりに大事にしていたフィオリナとのデートの際に一緒に買い求めた上着もパンツも、フィオリナ(偽)にボロボロにされてしまったので、そうせざるを得なかったのだ。


リウは適当に、古着でも勝ってごまかすつもりであったが、アシットがコーディネーターを派遣してきた。

彼女はリウを見るなり、頬を染めて「わたしにお任せ下さい!」と叫んだ。

かくして、リウは武闘会に望む冒険者ではなく、舞踏会に出席する貴公子ような格好で、ここに、登場させられたのである。


対して。

再び大観衆からは、ため息がもれた。

美しすぎる。

その完璧なまでの造形美と、瑞々しさに満ちた美女は、こちらも戦いとは無縁の格好だった。

柔らかな曲線を描く胸を強調するようなデザインのロングドレスは、あまり彼女にふさわしいものではなかった。だが、真っ直ぐに前を見つめるその表情が、彼女から下品な、あるいは淫らなものを消し去っている。


「踊る道化師・剣」と「踊る道化師・魔王」のリーダーは、歩みを進めた。


2メトルばかり、離れた場所で互いを見つめた。


果たして、どんな技が、魔術が繰り出されるのか。

群衆は固唾を飲んで見守った。


スラリとした「踊る道化師・剣のフィオリナ」は、身に武器を帯びているようには見えない。

そもそもオール不戦勝で勝ち上がったため、観客の前での戦闘は皆無なのだ。

そもそも本当に戦えるのか? と思ったものも少なくないだろう。


彼女が、よくアシットが連れていた美少女であることに、気がついた観衆は多くはなく、それが、かつてアシットが留学先から連れ帰った北の国の出身者であることを知っているものは、ほとんどない。

そして、彼女が、フィオリナ・クローディアを模して作られた「人形」であることを、知っているのものは皆無に近かった。


一方のリウはどうか。

確かに、強い。強いのだろう。だが、その強さは主に相手の攻撃を挫くことで成立しており、実際に彼が攻撃に転じた場面は、ほとんど見れていなかった。

そういった意味では、観客には少々、消化不良の感は残った。


そして、決勝戦。

果たして、両者がどんな試合を見せてくれるのか。


一万を超える観客席は、呼吸すら忘れて、二人を見守った。


「わ、わたしは・・・・」


二人の声も、拾って増幅できるように魔道による装置が仕掛けられていた。


「アシットが教えてくれた。わたしは前に大怪我をして、体の一部を魔道装置に切り替えたんだって。」

少女は、懸命に、言葉を探すように、素掘り出すように、ゆっくりと話した。

「心も・・・壊れてしまって・・・なので、部分的に作られた記憶を移植してなんとか『存在』を保てるようにしたんだって。

だから、わたしは・・・」


「おまえは、フィオリナだ。」

リウは断言した。

「オレが、魔王が許す。おまえはフィオリナに間違いない。」


「わたしの記憶と体の『元』になったフィオリナを知っている、おまえがそう言うのか。」

「そうだ。そして、オレは、おまえが欲しい。」


フィオリナの顔をしたモノは、手で顔を覆った。

「元が、何者かもわからないわたしを?」


「元が何者か知らないが。」

本当は、人工生命体だ。何者、どころか何か、なのだが、そこまではアシットも彼女に説明していないようだった。少なくとも「人間」である、ということまで、否定してしまうことで、彼女が壊れてしまうことを恐れたのかもしれない。

「おまえは、オレにとってはフィオリナだ。」



「・・・・いったい、わたしたちは何を見せられているんだ。」

エミリアがうめいた。


「プロポーズ、もしくはそれに近いものですね。」

ドロシーが冷静にあるいは冷淡にそういうと、クロウドは声を出して笑った。


「さすがは、俺たちのヘイカ! トーナメントの決勝戦で相手の大将に向かってプロポーズか!」

「ただし、実際には結婚はできないけどね。カザリームも成人年齢は、18歳だから。」


それで、この前、痛い目を見たドロシーは、そう付け加えた。



「おまえの中で、魔王の定義はなんなんだ。」

エミリアが怒ったように、クロウドに詰め寄った。

彼女は、主を失って盗賊稼業に身を落とした「ロゼル一族」の末裔として、使えるべき主を求め続けて、リウに出会った。

時として、残忍でも、冷淡でも、身勝手でも構わない。主君とはそういうものだからだ。

だが、出鱈目は勘弁して欲しいのだ。


「知らんぞ。」と脳筋は、答えた。「だが、理不尽の体現したものが魔王だろう?」


それもそうだな。とドロシーは思った。

本人に言わせれば異論はあるだろうが、あれはまさにフィオリナそのものに思える。

一人だけならともかく、二人目まで口説こうと、どこの阿呆が思うのだろうか。


「結局、ぼくはハルト王子に負け、リウにも負けたわけか。」

隅っこに座ったアシット・クロムウェルが、ボソリとつぶやいた。

なんで、あなたがここにいるのか?

と、常識人のドロシーなどは、じっくり時間をかけて問い詰めたいのだが、まあ、いるものは仕方ないのだろう。

「まあ、気にするなって。」

クロウドが、ぽんぽんと親しげに背中を叩きながら言う。

「おまえは、かっこいいし、魔法もすごい。すぐにいい女が寄ってくるさ。」


負けが方が、勝った方を慰めているのも、よくわからない。



壇上いや、試合場では、プロポーズだか、愛の告白だかが続いている。

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