第43話 帰還

時刻は、そろそろ夕刻。

アシット・クロムウェルは、「試しの迷宮」の出入り口にいた。

先に、迷宮入りした「踊る道化師・魔王」のメンバーが、帰還をしそうだとの連絡を受け、リウを連れて、駆けつけてそろそろ30分が経とうとしている。


「迷宮から出てくるのが、前もってわかるのか?」

リウが不思議そうに尋ねた。

「緊急避難用の脱出転移はもちろん、無理です。」

と、アシットは丁寧に、答えた。彼の方が年上であったし、身分としては高貴な位にあったが、リウには相手をそうさせるだけの、何かがあった

「ですが、最新部のアイテムを持参した状態で、正規のルートで、脱出する場合には、事前にわかるような仕組みになっています。その時の迷宮の構成によっても変わりますが、大体一時間ほど前には。」

「なるほど。ならそろそろ・・・・だな。」

「そうですね・・・・あ、始まりました。」


その転移のエフェクトは、水面に似ている。

床一面に、さざ波がたったように見えたあと、5人の冒険者が浮かび上がった。

波に打ち上げられるように、床に投げ出され、同時に、5人を繋いでいた、首輪と鎖が外れて、床におちた。


ドロシー、エミリア、ファイユ、クロウドほか一名。

服は、かなりボロボロだったし、疲労困憊、負傷もしているようだった。だが、それでも、全員が揃っている。


「『踊る道化師・魔王』、『試しの迷宮』からの帰還を確認いたしました。」

アシットの明るい声が、半地下の広場、試しの迷宮の入り口となる転移ポイントに響いた。

係員が、駆け寄るった。

負傷者の具合と、最深部に設置されたアイテムの確認のためである。


「この首輪と鎖そのものが、最深部に設置されていた、と?」

試しの迷宮の管理者たちは、魔道士、あるいは魔術に造詣の深いものばかりである。


通常は、手にすっぽり収まる程度の、護符やリング、サークレットといった場合が、多いのだ。これでは、付けただけで、行動の自由は妨げられ、いざ戦う段になれば、とんでもなくやりにくくなることは、明白だ。


「こんなものをつけて、よくぞ、無事に脱出したものだ。」


年嵩の魔道士が、本気で感心したように、ドロシーたちを誉めた。


「初心者用の迷宮なんですよ、ね?」

ドロシーは、抗議したが、そこにアシッドが割って入る。

「一応はそうなのだが、迷宮に入るときの転移に対する抵抗が、大きければ多いほど、難易度が高くなる傾向があるのです。

今回、あなた方のリーダー、リウさんが強制転移を跳ね除けるほどの、抵抗を行ったので、迷宮の難易度としては、あまり初心者にふさわしくないものになっていたかと思います。」


ドロシーの非難の目は、今度はリウに移った。

「その腕輪は、転移阻害の能力のある代物でしたよ、ね?」


「そうだな。」

リウは、右手を上げた。腕輪は、ターコイズの石に彫り物がほどこされた美しい逸品だった。

「確かにオレの転移を、邪魔するくらいなんだ。たかだか迷宮内の転移陣などに、影響されるはずもなく。」

「カザリームの迷宮は、出入りに転移陣を使うものが、八割です!」


リウは、天を仰いだ。実際には、ここは地下室だったので、ドーム型の天井が見えただけだったが。


「・・・わかった。なんとか対策を考えよう。」


「それよりも、今日は何日です? 丸二日はたってるはずですが、トーナメントの方は?」

「オレを誰だと思ってるんだ、ドロシー。順調に勝ち進んでいる。決勝戦だけは、3日後に伸びたが、なんの問題もない!」

「いえ、コロシアムが全壊したとか、カザリームが壊滅しているとかの方ですが。」

「・・・おまえはオレを、なんだと思ってるんだ?」


ドロシーは、エミリアとファイユの間に隠れようとしているクロウドを、前に押し出した。


「階層主の戦いで、足を負傷しました。」

「鍛え方が足りん!」

クロウドは、しょげたが、リウはニヤッと笑った。


「・・・と、アモンなら言うだろうが、よく戦った。エミリアやドロシーの足手まといにならなかっただけ大したもんだ。」

「へ、へいかっ!」

「言っておくが、治療はしてやらんぞ。」

リウは、クロウドを労わるように、微笑みながらもそう言った。

「非常識な治癒を、覚え込んでしまうと、攻撃も防御も雑になる。

その足は、きちんと治療院で治せ。それもまた、おまえの経験になる。」


「エミリア、迷宮体験はどうだった?」

「・・・2度とごめんです、リウ。わたしは、都会の闇の方が好きです。」

「慣れておけ。オレと一緒に行動するには、否応なしに必要になる。」

「はい、リウ。」


次に、リウは、剣をさげた少女の方を向いた。ファイユだった。

剣は、抜き身のまま、両手にぶら下がっている。目は焦点が会っておらず、ブツブツと呟く独り言は、よく聞くと「わたしはもう死んでるわたしはもう死んでいるわたしはもう・・・」


とても危ない匂いがした。

「命を捨てた気分は、どうだ?」

のろのろと、ファイユは、リウの方を見た。

「実際には、今回は命を取られはしなかったが、戦いにおいてはそういうことも、まま、ある。己が安全ばかりを優先していては、かえって危険になるということだ。

戦えた、のだな? ファイユ。」


あ、ああ。

そのまま、床に座り込んで少女は、泣き崩れた。


リウは、彼女の頭をポンポンと叩いた。

「よくやった、ファイユ。」


リウはもう一度、全員を見回した。

「全員、よくぞ無事に帰還した。オレはおまえたちを誇りに思う。」


存在を無視されたマシューの手をドロシーが、そっと握った。



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