第40話 魔王の戦い

観衆は、息を飲んだ。

間違いなく。

シャクヤの大剣は、リウめがけて振り下ろされた。

辛うじて、リウの腕がそれを止めている。

いや。

首筋から、胸元まで切り込まれたそれを、素手で掴んで推し戻そうとする動作を「止めた」とは言わない。


鮮血は、空に吹き上がった。

先程の比ではない。

一撃で絶命に追い込む剣だ。

間違いなく、急所を深深と切り裂いた斬撃だ。


「はなれろ! シャクヤっ!」

吸血鬼が叫ぶ。

言われるまでもない。

シャクヤは、剣を引いて、飛び下がった。


空中に吹き上がった血潮が。

笑みの形をとったかと思った次の瞬間、それは、傷口からリウの体に吸い込まれていく。


傷口も同時に消失した。

リウの被害は、切り裂かれたシャツのみ。


「こいつは、体外に出た血液を自在に操ることができる。」

クセルは、忌々しそうに言った。

「つまり、いくら血を流されてもそれは、ダメージにならない。

むしろ、こいつの武器になってしまうわけ。」


「不死身か。」

シャクヤも嫌な顔はしたが、それでも2人の鬼女の表情に恐れは見えない。


「いや、今のはいい攻撃だったぞ。」

リウは、褒めることろはきちんと褒める。たとえ、敵であっても、だ。

「だが、ただの鉄ではそう、ダメージにはならなんのでな。」



「何がキクノカナ?

古の魔王を名乗る坊や。」


シャクヤは、剣を構え直した。

血流を止める石化の呪いか。凍らせるか。超高熱で蒸発させるか。

だが、シャクヤは、眉をあげた。

また、だ。

またこいつは。

何かに気を取られている。


おい、ガキ!


おまえの相手はこっちだぞ。

リウは、斜め上を見上げていた。確か貴賓席があったはずだ。誰だ?

おまえの想い他人でも観戦に来てるとでもいうのか?


「フィオリナ?」

呟くように、リウは言った。

おまえなのか? 本当に。



貴賓室のなかでも、ちょっとした修羅場が起こっていた。

な、なにあれはッ!


少女が叫んでいる。

アシットはなだめようとしたが、全く効果はなかった。


「あいつはなんだ! アシット。あいつはわたしの名前を呼んだぞ。」


少女は、アシットの手を振り払った。


「あいつはなんだ!」

「だから、『踊る道化師•魔王』さ。古の魔王を名乗る冒険者だよ。」


わたしは。

少女の頬が上気している。唇からよだれが流れた。

「アレと戦えるのか?」



 吸血鬼クセルは、自分の手首に牙をたてた。迸る血が禍々しい長剣を形作る。

片刃の反りをもった剣だった。

「おまえほどではないが、このくらいの芸当はできる。」


シャクヤは「凍らせる」と呟いて、己の大剣に付与をかけた。

手で模様を描きくように、ぐねぐねと剣身に指を走らせると、剣がほの青い輝きをうっすらと帯びた。


心得のある観衆の一部は、この展開に心を踊らせる。

血流を武具に変える技、あまりにも鮮やかな剣への付与魔法。

いずれも、2人の術者が、なみの吸血鬼ではなく、並の魔術師ではないことは、わかる。


そして、対するリウという少年は。

そうなのだ。

前の試合でも、この少年はなにも戦いらしいことはしていない。


同じように切りかけられ、傷を負った、と思われた。だが、倒されたのは切りつけた相手の方だった。

なにが起こったのかは、あれこれ想像するしかない。だが、恐らくはその血流に関連したものであろうことは、推測できた。


「ものものしいな。」

リウは呆れたように言った。


「充分だとは思わない。」

シャクヤは、その場で剣を振り抜いた。さすがに身長ほどもある大剣も、そこでは届かない。

だが、その動作こそが触媒になっていたのであろう。

リウの周りに無数の氷の塊が合らわれた。


「氷柩」

シャクヤが呟くと同時に、それはリウ周りで合体し、巨大な棺となってリウを閉じ込めた。

「永劫凍結」

剣が生み出したブリザードは、リウの周りのみに吹き荒れ、氷の棺桶に鉄の強度を、与えていく。


「共鳴波凍」


現れたのは、長さの異なる無数の氷柱だった。それらは、互いに触れ合い、共鳴し、壮大な楽の音をならす。

わけのわからない大半の大観衆は、感嘆のため息を漏らしたが、魔法をよくするものたちは、慌てた。

その楽の音は、心に入り込み、それを掻き乱して、新たな魔法の発動を不可能にしていたのである。


「この状態で、己の血流を操れるか。リウを名乗る少年よ。」

シャクヤがつぶやく。

「魔王宮で、生まれ育ったと言われるリウ。だが、ミトラに現れたのは、少女だったぞ。」

クセルは、鮮血の剣をかまえた。

「おまえは何者だ?」


吸血鬼の筋力が、生み出す突進力。

氷の棺ごと、リウを串刺しにする勢いだった。

ぐら。

と、棺が揺れた。

クセルの放った突きは、棺の角に弾かれる。もう一度!


再び、棺が傾いた。切っ先が充分な速度を得ることができずに、棺の表面を、滑った。


「この状態で、抵抗するかっ!」



倒れかかってきた棺をかわし、なおも切りつけようとするが、棺は今度は、片方の角を支点に、くるくると回り始めた。


クセルの突きも、斬撃もその回転に阻まれる。

シャクヤの作り出した氷の棺は、だだの氷では無い。

閉じ込められたものを、体の中まで凍らせる。


さらに、簡単に破壊できないように、強度をあげ、魔術を阻害する魔法で、脱出を拒む。

だから、たしかに、生半可な突き、斬撃では、中身にダメージを与えにくく、それ自体を盾とするこんな闘い方もあると言えばあるのだ、が。


「化け物めっ!」


クセルにとってはそれは褒め言葉であった。



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