第39話 魔導師アシット・クロムウェル

アシット・クロムウェルは、これまで比較的、恵まれた環境で育ってきた。

家柄は、良い。

父王は先代の市長で、弟は現在の市長だ。

名称は「市長」だが、「都市」であるカザリームには、これ以上の役職はない。


実体としては公爵位相当。

と各国では見なされ、実際に、他国を訪問する際には、そのように扱われる。

だが、実際のところはどうだろう。


単一の都市として、これだけの人口を抱える街はなく、港湾設備一つとっても、カザリームを凌ぐ都市はない。

軍事的には、「全ての商船を安全に運行されられる」だけの海軍力を保持し、それに付属する陸戦隊も組織している。

実際には、「王」と言っても良いのだろう。


ただし、厳密な世襲性ではない。

市長は、30年前後の任期の終わりが近づくと、側近の中から 後継者を指名すことになっている。

それが、ぐるっと見回したところ、「たまたま」自分の息子が適任であった、と。

形だけだが、そんな形式がここ200年ばかり続いていた。


(その昔は、全市民を上げての投票によって市長が選ばれた時期もあり、市長を置かずに「運営役」という商会代表の合議制で、市政が運営されていた時期もある。)


なので、アシット・クロムウェルは実質的には「王子さま」であり、しかも抜群の魔道の才を持つことが幼くして判明した、将来期待の嫡子として、生まれた。

実母は、早くに亡くなったため、父である市長クロムウェル8世の、後添えである義母によって育てられた。彼女は分け隔てなく、アシッドを我が子のように大事に育ててくれた。

アシッドは、そんな彼女の愛情に応えるべく、わずか8歳のときに、魔導師になるために、遠くグランダへの留学を申し出た。


「いや、おまえは、わしの跡取りとなる身だ。」

と、父である市長は反対した。

「短期の留学ならば、認めてやらんでもない。だが、場所は、ミトラかランゴバルドだ。

グランダは遠すぎるし、おまえはこの街で、育ち、多くの知己はこの街で得なければならん。」


「その役目は、弟に任せたいと思います。」


アシットは、この言葉を聞いた瞬間、母の目に浮かんだ喜びの光を見逃さなかった。

うん、これでいいんだ。

と、幼いアシットは思った。


父親を説得するのに、2年かかり、10の年にアシットは、遠くグランダにて、魔道院の門を叩いた。おそらく、人の枠を超えた魔導師は、現代においても、何人かは名前が上がり、中には生きながら伝説となっているものもいる。

そんな伝説の大魔導師が、平然と魔法学校の学院長を勤めている。それだけでも、アシットにとってはそこに行く価値は十分あった。


旅立ちの日、弟が正式な後継となることが、発表された。

あくまでも市長の地位は、世襲ではないという建前ではあったものの、次代の市長として指名を受けるには、どこの学校を出て、優秀な成績をおさめ、在学中には何をやり、ということが半ば決まっていたのである。

そのための学校に、アシットは進学せず、代わりに弟が進学することが発表されたのだった。


アシットは、カザリームの市長としての地位と栄誉を失った代わりに、自由を得たのだ。


その満足は、グランダ到着後、崩れ去ることになる。


他ならぬ、彼を凌ぐ才能の持ち主。

ハルト王太子とクローディア公爵家令嬢フィオリナの存在によって。




部屋は、厚くカーテンを下ろされ、アシットとそのパートナーは、密やかな行為に励んでいた。

二人にとってそれは、幾度目かの慣れ親みつつある行為ではある。だが、それを公然とするには、アシットのパートナーは、年齢が少し足りていなかったのだ。


アシットは、感謝と愛情をこめて、彼女の胸に口付けした。


まだ、大人の女性としては、成熟してはいない。それでも、アシットのキスを喜ぶように、それは震えた。


「・・・ちょっと!」

まだ、彼女は西域で成人と認められたている18という年齢には一、二年ありそうだった。

その美貌には、似つかわしく無いほどの凛とした表情を浮かべて、少女は文句を言った。


「また、はじめる気なの?

わたしは、試合時間に遅刻して、不戦敗なんていやだからね!」

「そんなことを言っても」

アシットは、ふくれっ面をした。

彼にしてもまだ18である。


覚えたばかりの蜜の味は、そうとうに甘いのだ。

「同じことを言われないでよ!

不戦敗になんてなったら、承知しないからね!」

「大丈夫だよ。まだ、『踊る道化師・魔王』と『踊る道化師・血』の試合が始まるところ…」

「だったら、見とかないとっ!」


流石にシーツを巻き付けて、彼女は、窓のカーテンを開ける。

日差しは、まだ午後に差し掛かったところだ。

一般に観覧席からは、少し離れた場所に、張り出すように設えられた特別室の観覧席。


少し遠くはあるが、試合は良くみえる。


その一室に、ベッドやら、飲み物、軽食などを用意させ、さらに言えば、檻のついた待機所で自分の出番を待たねばならない彼女を、呼びつけて秘事にふけるなど、アシツトの特別な立場だからこそ、許されたものである。


「『踊る道化師・魔王』のリウはとんでもないよ。」

自分も、上着を着ながら、アシットは言った。

彼女の冷たい視線は「いや、下を履けよ。」と言っている。

無視して、アシットは、彼女のむき出しの肩に手を回した。


「でも、『躍る道化師・血』は、伯爵級吸血鬼クセル•アヴァロンと黒魔導師シャクヤよ。」

彼女は言い返した。

たしかに。

と、アシットは言った。

「けっこう見ものかもしれない。」


「さっきの『蜘蛛』との闘いが本気だとも思えないし」

自分よりわずかに背の高いアシットを見上げながら、キスをかわす。

「どちらが勝つにしにひてみよ」

舌がもつれたために、後半の発音は不明瞭になった。

「これでどちらの本気もみりゃるはず・・・ねえ、アシット、ほんとにまたするの?」

「きみを、相手にして一回で満足したことがあるのかい、フィオリナ。」




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