第37話 怪物の勝利
「なにが、起こっているのです!」
イシュトの声は恐怖とおぞましさに、ひきつっていた。
今まで、美しいとさえ言えた吸血鬼クセルの体は、その胸の傷口から裏返るように、触手の塊へと変化していく。
それは、血管を変化させたものだったのだろうか。
糸よりは少し太い。それは波打って、バラクレルの体を飲み込んでいく。
強固な竜鱗に包まれたその体も。
目は?
口は?
鼻は?
触手は、そこからバラクベルの体内に入り込もうとする。
バラクレルの手が触手を掴んで引きちぎった。だが、クセルの全身は今や、それ自体が触手、あるいは繊維の塊と化している。
触手の数は無数だ。
「何が起こっている、か。だと。」
リウは、生命ある人の子にわかりやすく、それを説明しようと試みた。
「クセル•アヴァロンという吸血鬼は、自らの体をああいうものに、変化させたのだ。
バラクレルという高位の竜人を圧倒するには、人の姿では不十分と判断したのだろう。
それ自体は、可能だ。
術式もなんだったら、教えてやるぞ。
だが、難しいのは、あの状態から、どうやって戻ってくるか、なのだが。」
があああああっ!
バラクレルが雄叫びを上げた。
その体表が赤々と燃え始めた。とりついた触手に火がついた。
「判断はいいが、遅い。」
リウは、コーヒーのおかわりを頼んだ。
「触手はもうバラクレルの胎内に入り込んだ。
体内の全てを制御化におく。」
しかし、リウの言葉とは裏腹に、バラクレルの発した炎はさらに燃え盛る。
身体の周りの触手は燃え尽き、バラクレルは、繊維の塊になって蠢くクセルの体に、てのひらを向けた。
火炎の渦が、おぞましくうごめく触手を焼き尽くしていった。
「どうだ?」
「踊り道化師•血」の女魔導師シャクヤが、近づいてきた。
自らの体表を焼いたのだ。
ブスブスと煙をあげる体を、しかめ面で眺めていたバラクレルは、唸った。
「言い訳があるか。」
「ならば、復活させておけ。」
もう一度唸ると、バラクレルはのしのしと、ほとんど燃え尽きた触手の群れに、近付いた。
再び、竜爪を伸ばすと自らの、手首を切り裂いた。
鮮血が、もとクセル•アヴァロンだったものに降りかかる。
炭になった触手の群れが甦った。
それは急速に集まり、圧縮され心臓に似た臓器になって、浮かび上がった。
そこから、再び血管が伸び皮膚が再生され美しい女の姿をかたちづくるまで、ふた呼吸分をかかっただろうか。
「何をしている!」
審判員が叫んだ。
「『踊る道化師•竜』アモン! 『踊る道化師・血』ルト!
戦え!」
バラクレルは、歯を剥き出して笑った。
「わたしは、クセル•アヴァロンだ。試合の形式に則って名乗るならば、『踊る道化師・血』のロウ、だな。」
「…」
「こいつの身体は、わたしがのとった。このまま自害させることも思いのままだ。」
そう言ってバラクレルは、無造作に自分の目に、爪を突き立てた。
そのまま、一気に眼球を抜き取った。
「おお、痛い。」
ぽっかり空いた眼窩から血の涙を、流しながらバラクレルは笑った。
「このまま、この体が絶命するまで破壊を続けるのもいいが、もっとスマートな方法もある。」
その表情が、一気の絶望に満ちたものに変化する。バラクレル、あるいはバラクレルの体をのとったクレスは、一時、その制御をバラクレルに戻したのだ。
「助けてくれ!」
竜人は跪いて懇願した。
「もうやめてくれ! 降参する!」
その口から、目から、耳から。
触手は飛び出して、クセルの体に吸い込まれていった。
クセルの制御から解放されたバラクレルは、ぐったりと座り込んでいた。もう戦う気はまったくないようだった。
「だ、そうだが。
私たちの勝ちでよいな?」
勝者は「踊り道化師・血」となった。
「あれが、次のオレの対戦相手でいいな?」
リウは、楽しいおもちゃを与えられた子どもの表情でそう言った。
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