第36話 吸血鬼対竜人


リウは、一応飲み物を頼んでみた。

コーヒーと、付け合せに温めたミルクを砂糖。


西域ではあまり、一般的な飲み物でもないし、気付け薬や精力剤として飲まれているコーヒーに、ミルクや砂糖を足すのも一般的な飲み方では無かったが、オーダーはあっさり通った。


リウは少し気分をよくした。

試合に出る者の控え室が、鉄格子に囲まれているのは、むかし、犯罪者や奴隷を戦わせたときの名残であって、少なくともいまは、そんなことはないのだ。


「また、観客からブーイングです。」

イシュトがいまいましそうに言った。

彼女は、主催者側の人間である。その立場からすると、あまり会場が盛り上がらずに、消化不良の試合が続くのは好ましくないのだろう。


「わかりにくい試合が多いからな。」

自分を棚にあげて、リウはそう言いながら、コーヒーの香りを楽しんだ。

どこが焦げ臭い匂いは、ラスティのクッキーを思い出させる。

嫌いではない香りだった。

「あの竜人が使った高速移動は、並の戦士では反応も出来ないだろう。

だが、見えないのだから観衆も喝采も、できない。」


コロシアムを満杯にした観衆の目に映ったのは、いっしゅん掻き消えた竜人が、シャクヤの後方に現れて、それにあわせて振り向いたシャクヤが、剣でそれを叩き落としたこと。


残り二人の竜人が、勝手に短剣と魔法を互いにぶっぱなして、自滅したところまで、である。

リウから、みれば戦いながら、次の仕込みを行い、幻覚魔法で相手を同士討ちさせ、さらにすぐに治療にかかれない負傷者に停滞魔法をかけてやっているところなど、なかなかに見応えのある光景なのだが、これは玄人受けはよくても、見るものにとってはわかりにくい。



集まった大観衆は、もっと正面からバチバチやり合うのを見たいのだ。


竜人全員を無力化したシャクヤは、それ以上は手を出すつもりはないようだった。


残った互いのリーダー。

「踊る道化師・竜」アモンに扮した竜人バラクベル。

「踊る道化師・血」ロウに扮した伯爵級吸血鬼クセル・アヴァロン。


互いに邪魔をするものはない。

リウはちょっと面白かった。

バラクベルは、その容姿といい肌の露出具合といい、アモンによく、雰囲気が似ていた。

クセル・アヴァロンのほうは、ボーイッシュなロウと、容姿のほうはかけ離れていたが、歳を経た吸血鬼ならではの非人間的な怖さは、少なくとも彼女が波の吸血鬼でないことはひと目で分かった。


竜の力と吸血鬼の力。

そのふたつの人ならざる力がぶつかったとき、それはどんな風に遷移し、どのような決着を見るのだろう。


二人は2メートルほどの距離で立ち止まった。

ともに得物は手にしていない。

そこはもう、いかなる魔術を紡ぐよりも、拳の一撃が早く届く。


「さて、お仲間はみな、おやすみされているようだし」

クセル・アヴァロンが犬歯をむき出して笑った。

「怪我をせずに退場するなら、最後のチャンスだが?」


「下賎の吸血鬼風情に心配される言われはないよ!」


バラクベルは、腰を落とす。

クセルは、対してフワリ、と浮いた。

バラクベルの手には、人間にはありえぬ竜の爪。

クセルの爪もまた、鋼鉄の輝きを帯びている。


クセルは落下の勢いを使って。バラクベルは、地を蹴って。

竜と吸血鬼の拳が、交差。

互いの体を捉えた。


大きく仰け反った、次の瞬間!

まるで合わせたように、二人は次のパンチを繰り出していた。

人ならざるものが、人と同じように拳を振り回し、互いを傷つけあう。


バラクベルの竜爪は、名剣の切れ味をもって、クセルを切り裂いた。

身体は再生していく、が、服はそうはいかない。マントの下のチュニックもシャツもボロボロに引き裂かれ、クセルの肢体が、観衆の目に晒されていく。

一方のクセルも、己の爪に魔力を込めているようだった。

それは、竜鱗の防禦を、一部突破し、バラクベルに確実にダメージを与えていく。


観衆は、喝采を持ってこれに答えた。

そうだ。

こういうのが見たかったのだ。


立ち上がり、足を踏み鳴らし、賭けているものは、自分が賭けた者の名を叫ぶ。

凄まじい殴り合いは、竜人の防御力と吸血鬼の再生力の比べ合いでもあった。

均衡は。

崩れた。


クセルの一発に対してバラクベルが二発、返すようになり、それが、一に対して二、一に対して三、さらにクセルは、拳を返すことができなくなり、一方的にバラクベルの爪の斬撃と拳の打撃を受けることとなった。

再生も間に合わない。

上半身の衣服は、前面は、ほとんど切り裂かれ、ちぎれ飛び、腹に穴を穿たれ、下顎を粉砕されたクセルがよろけた。

その胸へ。

そこは無傷のまま、残っていた形のよい乳房の真ん中に、バラクベルの手刀が突き込まれた。


「吸血鬼を滅ぼすのは、心臓を抉ると昔から相場が決まっている。」

こちらも牙をむき出して、バラクベルが、笑った。

「このまま、掴み潰してもよいが、降参の機会は与えてやろう。」

「おお。」

顎を失った口腔のなかで舌だけがひらひらに動いた。

「おまえが降参すると言うのならば、受け入れたやらんでもないぞ?」


顎を失ってどうやって喋っているのか。

まだ余裕があるのなら、それでも構わない。

バラクベルは、ドクドクと伸縮を続ける器官を握りしめた手に力を込めた。

一気に握りつぶ。

にゅるり。

力が抜けた。

クセルの心の臓は、筋肉ではなく、細かな繊維の塊だった。

それは、バラクベルの腕を伝って、その体に殺到した。

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