第6話 銀雷の魔女は吸血鬼に堕ちる

まずオレが、と、まあ、先陣を切りたがる王さまをなだめすかして、ドロシーは第一戦の試合に足を進めする。

好戦的な、というより、何をするのにも積極的な行動を好むのが、リウという男だ。

短い付き合いながら、ドロシーにはそれがよくわかっている。

それて、決して阿呆ではない。いまだって、はじめて訪れた異国の地で、力量もわからない冒険者との決闘さわぎだ。

リウならば、相手の攻撃がどんなものであれ、歯牙にも掛けない。だからまず自分が出る。


とはいえ、いまの自分達の布陣は、治癒魔法はリウが頼りなのだ。

簡単な止血、痛み止め、治癒促進は、ドロシーにも出来る。だが、致命傷に近い大怪我をしたときに、頼りに出来るのはリウだけだ。

だから、リウは後方に控えてもらわなければならない。

ドロシーも、リウの治癒魔法は、みたことがないが、


“まあ、なんでも出来るはずだ。”

なにしろ、魔王サマなんだから。


と、ドロシーは思う。彼の「積極性」が、親友の婚約者と恋人関係になってしまうという一面に発揮されてからは、どうも畏敬の念は薄れてきたような気がした。


試合場は、円筒形の壁に囲われた直径が5メトルばかりの円形の空間である。壁は半透明のチューブを編んだもので、魔法にも剣にもかなりの耐久力がありそうだった。


「さあ、無謀にも試合を受け入れた、若き道化師。先方は…」

場内の歓声が高まる中、アナウンスが続く。

どこでしゃべってるのだろうと、ドロシーはイラっとした。

「拳士ドロシー。彼女の穢れを知らぬその体と魂を陵辱する相手は!」


一拍置いてから、司会者は妙な抑揚で、進めた。

「こ、い、つ、だ。

闇の世界からやってきた! 真祖吸血鬼ロウぉぉぉっおっ!」


女吸血鬼は、扉も使わずに試合場はの壁を飛び越えた。

ドロシーは、腐臭に顔をしかめた。

そいつからは、湿った土の匂いがした。


「ドロシー、吸血鬼の魔眼に気をつけろ!

たいした戦闘力はなくても、血を吸うために強度な催眠能力を視線にこめてくることが、多い。」


ほんとに使えない魔王サマ。

ドロシーはため息をついた。


もういい。

わたしは、この新しい主人サマについていく。


赤光を放つ「ロウ」の目をみた瞬間、ドロシーの心は溶けていた。

この汚らしい女吸血鬼。ロウさまとは似ても似つかないこの吸血鬼のものになりたい。

溶けた心は、この吸血鬼と愛し合うことしか、考えられない。


ふらふらろと、「ロウ」に向かって歩くドロシーに、観客から野次がとぶ。

「まず、脱がしてやれっ!」

「そうだぜ、女同士でもいい。勝負がついちまったんなら少しは楽しませろっ」



「言っておきますけど、ギャラリーからギブアップ宣言はダメよ。」

リウのそばによったイシュトが、嘲るように言った。

「どこで、試合を止めるかは、あの吸血鬼が決めるわ。観客の喜ばせかたは、心得てるから、すこし、お仲間には無惨なショーになるかも、ね。

あの子は生娘なのかしら?

まあ、そんなことはどうでもいい世界に行ってしまうんだから、関係ないわね。」


「あの程度の吸血鬼に眷属はつくれないと思うぞ。」


意外にも冷静なリウに、驚いたのか、イシュトは一瞬黙った。

「…確かに、そうね。血を吸いつくしたあとで、吸血鬼として復活したものは、一人もいないわ。」

「いつからこんなことを続けている?」

「今月に入ってからね。試合はこのホールの売り物なんだけど、やっぱり、ストーリー性のある戦いの方が、ウケがいいのよ。

『踊る道化師』を名乗るモノたち同士の、どちらが本物かを賭けての殺し合い、とかね。」


ケラケラ、と彼女は笑った。


「あなた方は、ホンモノに寄せる気すらない偽物だけど、みんな若くて、顔のいい子が多いから。

そういう子たちが、ズタボロにされて泣き叫ぶのを好むお客さんも多いのよ。」


ドロシーは、「ロウ」に抱きついた。

早く、この「ロウ」と愛し合いたい。ドロシーの頭の中にはそれしかない。

牙を生やした醜い女吸血鬼の顔をうっとりと見上げる。


「リウさま! あれはちょっとヤバくない?」

エミリアが、慌てたように言った。

「ドロシー、完全に戦う気がないよ。魅了がかかってしまってる。」


「ルト曰く。」

エミリアの頭を撫でるやりながら、リウは慰めるように言った。

「ドロシーはもともと、戦いが出来るようなタイプではない。だから、彼女は戦うことをまるで、性愛のための行為のように、頭の中で置き換えるそうだ。

どんな風に愛し合うかは、彼女が決めるわけだが。」


ぎゃああああっ!

試合会場から、吸血鬼の悲鳴が聞こえた。


吸血鬼を抱きしめたドロシーの両手の指先は、魔法で錬金した銀の爪を生やしており、その全てが、吸血鬼に深々と食い込み、切り裂いていた。




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