第7話 魔女の愛し方

カザリームは、中原の、あるいは魔族戦争で数多くの都市が灰燼と化した以前、上古の昔の文化を今日に伝える典雅な都市である。

それでいながら、電気の使用にもいち早く取り組み、高層建築における昇降の問題を「繭」という独自技術で解決するなど、新進の気概にも満ちている。


百万を超える人々が暮らしている。都市国家としては、もちろん人類圏最大。

この人数を支えるべく、インフラ。上下水道。警察そのた行政機構。そして実質的に一つの国家であるからには、防衛機能としての軍隊も持たねばならない。

それらの総合的な力で、カザリームは、八列強に匹敵すると言われている


だから、たまたま、なのだ。

たまたま、この店に集まった男女が「そう」だったのだ。

自分が、手を下さずに誰かが、誰かを傷つけるのをみて愉しむ人々が集まっていたのだ。


勝負でも試合でもなく、ただ人が人を傷つけるのを見て愉しむものたちが。

リウは、そんなものたちが好きではない。楽しみの一つとして、それを見るならば、いつでも自分が戦う側に立った時の気概は少なくとも持つべきだと考えていた。

人間社会の暗部に、ある意味どっぷりと使ったエミリアは、そういう者たちをいかに利用して上前をはねるか、しか考えていない。善悪の判断など、彼女にはないのだ。

ファイユは、怯えながら。クロウドはワクワクしながら自分達の出番を待っている。

そしてマシューは、特に何も考えていなかった。


吸血鬼は、不死身だ。

と、言われている。正確には、物理的な打撃に対する耐久力、回復力が高いだけなのだが。事実、ドロシー程度の攻撃力では、殺し切ることは難しい。

何度もダメージを受けながらも、速やかに回復し続けている。


「素敵ですっ!」


ドロシーは、口元に笑みを浮かべている。口元に光るものは、よだれだ。

氷に包まれた拳が、倒れた吸血鬼「ロウ」の下顎を砕く。黒い爪を伸ばした吸血鬼の両腕を、氷の剣で床に縫い付けた。

砕いた下顎は、速やかに再生するが、そこにまた拳を叩き込む。

牙が砕け、鼻の下が陥没する。


倒れた吸血鬼は、があぁっとうめきを上げて体を起こそうとする。馬乗りになったドロシーは、肩口にも氷の剣を突き立てた。力を込めて、差し貫いた氷の剣が床に突き刺さる。

こういった自分の筋力と体重を利用した攻撃は、ドロシーは苦手だ。

吸血鬼は、腕が裂けるのも構わずに、腕を剣から引き抜いた。貫かれた腕が大きく裂けたが、構わずにドロシーに手を伸ばす。首に回されるようとしてしたその手を、ドロシーの手が掴んだ。


電撃!


吸血鬼の全身が、痙攣して煙が上がる。

エビゾリになった吸血鬼の腕から、力が抜けた。

ドロシーにしてみれば、全力の電撃ではない。密着した相手に放ったときの、自分へのダメージはギムリウスのスーツが軽減してくれる。



それでも普通の人間なら失神するであろう。そのダメージからも吸血鬼は、速やかに回復し続けた。上体を起こして、なおもドロシーの首筋に噛みつこうとする。

倒しても、傷つけても無限に再生し続ける敵との戦い。

それは対戦するものにとっては悪夢である。


だが、ドロシーは動じない。頬を紅潮させ、口元には恍惚の笑みを浮かべ、組み合わせた量の腕を、さらに岩塊でコーディングした拳を振り下ろす。顔を陥没させて、吸血鬼の後頭部が床に叩きつけられる。

顔を持ち上げられないように、首に氷の剣を突き立てる。


いくら続いたって構わない。ドロシーにとってはこれは戦いではないのだから。

愛しい相手との親密な営みなのだから。

いくら続いても困ることはない。恐怖など感じるはずもない。


体の中から燃え上がる情熱を込めて。


炎に包まれたドロシーの指が、吸血鬼の眼窩を抉った。


ぎゃあああああっ


うん。これは悲鳴だ。

悲鳴だな。

悲鳴だ。


観客が、望んでいたのは、吸血鬼による若い女性への陵辱だ。単純に吸血だけでは済まさない。裸体を晒され、体を切り刻まれ泣き喚く女の姿だ。

このイベントで、この「ロウ」という吸血鬼は、毎回それを提供してきた。


今回も確かに、切り刻まれて泣き喚く女の姿は提供されている。

ただし、それは、吸血鬼の女だったのだが。


「存在に影響のない苦痛は、耐性をつけておくべきだ。」

リウが、エミリアに言った。

エミリア頷く。

「苦痛への耐性ということですか。」

「単純に我慢するだけでもいい。」

リウは淡々と言った。


吸血鬼は、助けて、とかもう許して、とか叫んでいたが、今のドロシーにとってはそれも愛の行為の一環である。嬉々として、関節を砕き、体を刃物状にした氷の剣で切り裂き、炎や毒をまとった指先で、傷口を抉り続けている。


「ああ、なんてことだろう。」

リウは、大袈裟にため息をついて、イシュトを見遣った。

「確かギブアップによる負けは、認められないのだったな。」


「化け物かあの女は!」

イシュトは、リウの胸ぐらを掴んだ。


「『踊る道化師』だと、名乗っただろう?」

リウは、イシュトを押しやった。

「「踊る道化師」に常識的な対応など、期待してもらっては困る」。


店のものが、走り寄ってきた。

イシュトに何やら、怖い顔で囁いている。

イシュトの顔が、薄暗い照明の中でも青ざめるのが、リウにもよくわかった。

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