第5話 愛しき婚約者さま
「しめしめ、うまく言ったとか思ってないでしょうね。」
流石に、そのまま店の中央にある円筒型の試合場に放り込まれたりはせず、リウたちは打ち合わせの時間を与えられた。
もちろん、彼らが、対戦を拒否したり、泣きめいて、逃げ出そうとしたら、対処は変わっていただろう。
それはそれで、まだ10代の若者たちが、猛者に無様に命乞いをしながら、傷つけられるのを眺めるショーになるはずで、見せ物としては成立しているのだろう。
ただし、その場合には、勝敗を賭ける楽しみは失われてしまうので、代わりに、ドロシーたち、女性陣が無惨なことになるのだろうか。
ドロシーの目は怖い。
「わたしたちは、ギムリウスやロウさまや、ルト君じゃないんですよ。」
「あいつらもギムリウスでもロウでもルトでもない。」
そっけなく、リウは言った。
「オレも治癒魔法くらいは使える。」
「死んじゃったら、無理でしょう?」
「おまえらは、オレの訓練を何ヶ月か受けてるんだ。『踊る道化師』を詐称する連中などに、引けは取るものか。
おまえは、ギムリウスのスーツを着込んでいる。ファイユは剣だけなら達人クラスだし、エミリアは魔術も棒術も使える。クロウドの筋力強化は、おそらく竜人をも凌ぐだろう。」
「マシューは?」
リウの余裕のある笑顔が引き攣った。
元子爵家の坊ちゃんであり、ドロシーの元主人、婚約者であるマシューのことを存在からして忘れていたのである。
彼は、本当になんというか・・・・
特に取り柄がないのだ。
もともとがさる子爵家の穀潰し。
冒険者学校にお目つけやくのドロシー共々、放り込まれてからは、まじめに修行に励んでいる。
だが、魔法の才能は全くなく、剣の才能はさらにない。
ドロシーは、彼の面倒を見るうちに、婚約者というポジジョンに落ち着いた。
これは、本気の婚約である。
ランゴバルド冒険者学校卒業後、ドロシー自身は、『踊る道化師』のメンバー兼リーダーの秘書官に。
マシューは、なんとか事務方で雇ってもらえないか、というのが、現実なドロシーが描く堅実な将来設計である。
間違っても、マシュー自身が剣をとって、魔物と戦ったり、迷宮を攻略したりすることは想定していない。
「向こうは何者でしょうか?
銀級以上の冒険者が、こんな馬鹿なマネをするとは思えませんが・・・」
「うむ、そのことなんだが。」
リウは、頭をかいた。
「オレにはさっぱりわからん。」
「いや、名前を知らないのは仕方ありませんが。
奴らの力量はわかりませんか? それによって誰を誰に当てるかを調整できれば・・・」
「流石にあそこまで、雑魚だとわからんのだ。」
「あの吸血鬼は、どのクラスですか? あのリウを名乗る女の子は、吸血鬼に従属させられるだけのようですが、本気で戦いますか? ギムリウスを名乗る男は、暗殺者のようですが、だれをぶつけましょうか? あのアモンを名乗る女は竜人でしょうか、それとも単に魔力による筋肉強化を行なっただけなのでしょうか?
ルトを名乗る魔法使いは、どんな魔法を使うのでしょう。」
「どっちでも大した違いはないだろう?」
ドロシーはイライラと爪を噛んだ。
「あなたや多分、エミリアにとっては。わたしもなんとかなるかもしれません。でもマシューは。」
「わかった。」
リウは、答えた。
「オレが先鋒で出る。おまえは次だ。その次がエミリア、ファイユ、クロウド、最後をマシューにしてやる。」
「それってどういう・・・」
「とっとと4勝して仕舞えば、試合は終わるだろう。ついでに持ち金を我々に賭けておけ。」
「どう? 打ち合わせは終わったの?」
イシュトは嫣然と微笑みながら、彼らに近づいてきた。
「ちなみに、無事に勝ち越したら、『踊る道化師』として冒険者登録してやることを約束するわ。
『試しの迷宮』への攻略許可も優先してあげる。」
「それはありがたいが・・・」
リウは、言った。別にこの女がもたらした現在の状況など、彼にとっては苦にもならぬが、何もかも、この女の思う通りにことが運んでいるのは、気に食わない。
「『試しの迷宮』とはなんだ?」
「ああ、これはカザリームだけの伝統でね。
カザリームの迷宮に挑むには、ランゴバルドの資格以外にも独自の基準が必要なの。その力量があるか、試すのが『試しの迷宮』。
実際のところ、何ヶ月も待つのが当たり前なの。これはだからわ、わたしからの特別サービスよ。がんばってね。」
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