第4話 「踊る道化師」対「踊る道化師」

ゆら。

と、蜘蛛の仮面を被った細身の男が立ち上がった。

「我が名はギムリウス。上古の神獣ギムリウスの生まれ変わりだ。」

名乗った男は、体を極端に、前屈させている。前に垂らした腕は、床につきそうだった。


盛り上がった筋肉を見せつけるように、袖のない上着を羽織った女が力こぶを作ってみせた。

「わしは、古竜も泣いて道を譲る竜人アモンだ。」


女剣士は、いや一応、長剣を携えていたから剣士なのだろう。なぜかメイド服を着ていて、座ったまま、無言で頭を下げた。

顔立ちは、整っていたが、明らかに居心地が悪そうなのは、多分、メイド服が嫌なのだ。


「彼女は、大きな声では言えないが、ある王国の姫君で、フィオリナ姫と仰るのだ。」

『ルト』はそんなことを言って、彼女を紹介した。


「これが、『魔王宮で育った』少女リウだ。」

と紹介された少女は、リウたちが入ってきても、こちらを見向きもせずに、ぼうっと部屋に一点を見つめていた。

薄汚れたワンピースをきた少女だった。彼女だけは『踊る道化師』の中では極端に若く、10代の半ばに見えた。


最後の一人は、いかにもインバネスマントの女だった。

これは、見るからに吸血鬼、だった。

完全に吸血衝動を抑えることができないのか、口元の牙を手でかしながら、ヒッヒッヒと笑った。

「我が名は、真祖吸血鬼ロウ。」


ザンバラの前髪が、顔を半分覆っていた。全体に不吉で不潔で。

「踊る道化師」はいずれも似てもに浮かないものばかりだったが、リウが(これはもちろんこっちのリウだった)が一番、腹が立ったのが、「これ」だった。

品位がない。力がない。何より、親吸血鬼から植え付けられた吸血衝動を抑えることが、できないのは、吸血鬼としてのランクが低い証拠だ。


「奇遇だな。」

そっけなくリウは、言った。

「オレもリウという。まあ、別に珍しい名前ではないから、たまたま一致することもあるんだろう。」


「まあ、座りなさい。」

イシュトは、手招きした。リウは、しぶしぶソファに腰を下ろした。

魔王党。ドロシーたちは、リウの部下である。腰を下ろしたリウの後ろに、ずらりと並んだ。


「あなたの仲間を紹介してくれる、もう一人のリウさん。」


「左から。」

リウは、振り返りもせずに言った。

「ドロシー。拳法だ。二つ名は『銀雷の魔女』。隣が棒術を使うエミリア。剣士のファイユ、ゴツいのがクロウド。中原流にいうなら格闘家だな。その隣が見たまんまで、マシューだ。」


「『踊る道化師』を名乗るなら少しは、寄せようという気にならなかったのかしらね。」

呆れたようにイシュトは言った。

「全員が全員、『踊る道化師』と関係のない名前じゃない?」


「確かにな。『踊る道化師』の正規メンバーは、オレとドロシーだけだ。」


ドロシーが身をかがめて、リウに耳打ちした。

“リウ。

カサンドラに届いてる情報は、どうもミトラから伝えられたものらしいですね。

わたしたちがランゴバルドの冒険者学校に籍のあることも、アキルやオルガのことも伝えられていないみたいです。”


「補助メンバーで構成されたチームという意味?」

イシュトは首を傾げた。

「なんでそんなことをする意味があるのかしらね。」


「いろいろ事情があってな。」

リウは、やや乱暴に言った。

「もし、その名前を名乗れないようなら、それはそれで構わない。オレの冒険者資格は、ランゴバルドで発行された正規のものなのだから、パーティ名など『魔王と愉快な仲間たち』でいいから、とっとと登録してくれ。

『踊る道化師』を名乗るふざけた奴らとの決着は、それから付ける。」


「それについての提案があるの。それで来てもらったんだけど。」


バタン!

四方の壁が倒れた。


電気を使った照明は、夜間でも昼間なみの明るさだ。

いくつかの照明が、集中的に彼らに当てられた。


「お集まりの皆さん!」

どこからか、魔法で増幅された声が響いた。

「近ごろ、カザリームで流行の『踊る道化師』!

今宵、紳士淑女の社交場リーデルガで、踊る道化師どもが鉢合わせしてしまったあっ!」


正面から、スポットライトを浴びせられたリウは、一瞬、視力を失った。

すかさず、視力以外の知覚で周りを掌握する。

戦いにおいて、おそらく最も場数を踏んでいて頼りになるのはエミリアだ。


ファイユとクロウドは、経験不足。

ドロシーは、守りに回ると弱いところがある。

誰か忘れているような気がしたが、無視することにした。


視力は速やかに回復し、リウは場内のほぼ全てから、注目を浴びている自分たちを自覚した。


「今宵のスペシャルマッチは、『踊る道化師』対『踊る道化師』。どちらが本物かをかけたスペシャルマッチ。戦闘方式は自由。勝敗は、どちらかが、死亡するか戦闘不能となるまでのといたします。

これより、ベットを受付いたします。対戦方式は個人戦、先に4勝を挙げたパーティの勝利といたします。」


はめられた。

イシュトは、扇で口元を隠して笑っている。

若い冒険者が、自分を売り出すために、何もわからないまま「踊る道化師」を名乗った。なんというか。

若い、美形揃いのパーティだ。無惨に敗れても、善戦してもそれはそれで見せ物としては、十分楽しめる。


しかし。

リウは笑いを噛み殺した。


なんという理想的な展開なのだろう。




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