第3話 偽物道化師、本物と出会う


昇降のための「繭」のおかげで、カザリームは旧市街を除けば、20階を超える高層の建築物が多い。

鉄骨構造のためか、基本は四角に近い形であって、あまりデザインの凝ったものは少ない。

長方形の似たり寄ったりの建物が延々と並ぶその様は、墓標のならぶ墓地を思い起こさせた。


「なんだか、気分が良くないです。」

馬車の中で、小さくなっていたファイユが小さな声で言った。

「わたしたちだって、言ってみれば偽物じゃないですか。

ルトくんもアモンさんもギムリウスさんもいない道化師なんて、道化師じゃありません。」


上陸から、市の中心部へ2往復。そろそろ、日が落ち、街が電飾に彩られていく。

墓標を思わせた景観が、一変する。

多彩な色彩とネオンを使った巨大な看板が、乱立する夜の光景は、大都会ランゴバルド育ちのドロシーにも、息を呑むほどうつくしかった。

リウでさえ、唖然としてその夜景に、見入っている。

平気なのは、エミリアくらいで、おそらく彼女は、この街が初めてではないのだろう。


「おっ! なんか光った?」


一段と派手なネオンが、輪になって回る装飾に、クロウドとマシューはひかれたようだ。


「最高の夜を!最高の酒と最高のパートナー」「紳士と淑女の店リーデルガ」。


「あそこは、そういいお店よ。」

一番、若く見えるエミリアは、一番、世慣れている。

「一応、食事や酒も出せるけどね。流血も伴う派手なショーを見せて、あと、一夜の快楽のために、異性でも同性でも買えるわ。ミトラやランゴバルドでは非合法の、気持ちの昂るお薬も売ってるわ。」


男性陣の目が輝き始めたのを、見てファイユが嗜めた。

出身は地方都市で、今の年齢までは一身に剣の修行一筋にはげんできたファイユは、どうもそっちのことには忌避感があるようだった。


「まずは、するべきことをいたしましょう?」

ドロシーが、言った。

ここは、ミトラやランゴバルドとも勝手が違う。

速やかに、冒険者登録についての問題を解決して、しかるのちに、宿を確保する。


大都会でいきなり野宿はぞっとしない。


「ここで、止めてくれ。」

リウは、「紳士と淑女の店リーデルガ」の前で、馬車を止めさせた。


「リウっ!」


「ラザリム・ケルト冒険者ギルドの受付嬢イシュト・グイベルが、待ち合わせに指定した場所は、ここだ。」

御者にチップも込みの金額を手渡しながら、リウは言った。


「まさか、この店の仕事を斡旋するつもりじゃないでしょうね。」

エミリアが鼻に皺を寄せた。飼い猫が不快な匂いを嗅いだときのしぐさだった。

彼女は十代の前半(の外見)だ。

そういう女に需要があることは理解している。

だが、愉快な仕事ではないし、本気で滞在費を稼ぐすべがなく、そんな仕事をするくらいなら、まあ彼女の属する組織である裏の社会で、はるかによい条件で働かせてやれる。


「さあ、な。」

リウは、入口の男に声をかけた。セキュリティも兼ねているのだろう、小柄ながらみっちりと筋肉に覆われた体躯の男は、胡散臭そうにリウを見た。この店に来るには、若すぎるし、あまり、金を持っているようには見えない。

「オレたちは、冒険者だ。イシュト•グイベルというギルドの係員と待ち合わせをしている。入れるか?」


リウは10代半ばの少年にしか見えないが、その物腰、立ち振る舞い、間違っても常人には見えない。

「入場料だ。」

と言って、用心棒は少なからぬ金額を要求した。

ちなみに、エミリア、ファイユ、ドロシー、リウは無料である。

クロウドとマシューだけが、入場料を支払うよう言われてむすっとしている。


エミリアが、如才なく笑みを浮かべて、要求されたよりも少し多めの金額を渡した。


「ねえ、カッコいいバウンサーさん。」

シナを作るようにして、胸板にもたれかかり、男の顔を見上げた。

「わたしたちって、このお店はじめてなの。待ち合わせの人探すの、てつだってくれないかなあ?」


男はにやついて、それでも一行を奥の個室が並んでいる一角へ案内し、ボーイとなにか耳打ちした。

「ありがとう!―親切なバウンサーさん。わたしの連絡先は、この人に託けておくわね!」


男は笑って、エミリアに手を振り替えした。

「まあ、そいつは五年後の楽しみに、とっとくことにする。」


「たいしたモノです。」

ドロシーは、エミリアにぼそっと言った。

「いろいろ、道徳観に違いはあるだろうけど、郷に入りては郷に従え、よ。」


案内された個室は、かなり広かった。

先客はいた。

受付嬢のイシュトはもちろんだったが。

彼女は、胸元を大きくあけたロングドレスで、メイクも昼間とはかえている。

キセルから立ち昇る煙はただのタバコのものではなかった。


ほかには、冒険者らしきパーティが一組。

まだ若い魔導師のマントの青年が、気沙汰らしく前髪をかき上げた。


「ふうん。そいつらが、ぼくらの偽物かい? あまり出来は良くないね。」


キョトンとするリウたちに、青年は続けた。

「ぼくらはホンモノの『踊る道化師』だ。ぼくは“魔王の再来”パーティリーダーのルト、という。

カザリームについてそうそうホンモノに出会ってしまうなんて、なんて運のない偽物さんたちだろう。」



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