〈新章〉あなたの冒険者資格は無効です~魔王サマ編

第1話 冒険者ギルドとリウ

カザリームという美しい街がある。

地域は西域に含まれるが、その文化は、中原に近い。

港町ではあるが、多くの人々からは、別の名で呼ばれている。


「迷宮都市」。


古い歴史を持つ街だった。周りを山岳地帯に囲まれ、交通の便といえば、船がほぼ全てを占める。一千年前の「魔族戦争」においても戦火に巻き込まれることなく、その威容を今に残す。

「国」ではなく、あくまで「都市」であるため、西域の八大列強には含まれないものの、その富と、戦力はすでにいくつかの国を超え、八大列強に迫る、とさえ言われていた。


現実に、人口だけなら、すでに銀灰皇国も越え、契約した古竜の数は、ギウリークを凌ぎ、ランゴバルドに匹敵するほど規模の冒険者学校を抱えている。


白い石造りの建物が中心の、中央市街地は、いかにもはるか昔の典雅な佇まいではあったが、少し郊外に出ると、強化した鉄骨の骨組みを持つ高層建築も珍しくない。

流石に十階を超えるとどんな健脚なものも、上り下りに根を上げるため、ここでは一人乗りの「繭」と言われている昇降装置が使われている。


台座に手すり。重量を制限するため、本体は確かに「繭」に似た繊維を織ったもので作られ、いかにも頼りなさそうだが、かなり丈夫で、無数の繭が何百という建物を昇降しているのだが、事故は、


「1日にほんの数件しか起きない。」


そう言って、来訪者が顔色を変えるのを、楽しむのが、カザリームっ子の楽しみの一つらしい。


ラザリム・ケルト冒険者ギルドは、そんな建物の中でもかなり新しい物件の一つにあった。

ガラス張りの30階建ての建物の、22階を借り切った事務所は、どこもピカピカに磨かれ、西域の冒険者ギルドにあるような酒場などは併設されていなかった。


「パーティ登録でお待ちの、バズス=リウさま。7番の窓口へお越しください。」


機械音声に、そう促されて窓口に向かった少年は、おそらく15、6歳。

野生味のある美貌は、あと数年もすればおそらく多くの女を泣かせることになるだろう。

そんな危険さも秘めた顔立ち立った。


「ようこそ、カザリームへ。」


にこやかに少年を迎えたのは、これは魔導人形などではなく、生身の人間だった。

淡いクリームのブラウスの胸は、はち切れんばかりに布地を押し上げている。

ギルドの受付嬢に、男性受けのいい女性を置くという、悪しき伝統は、中原文化圏であるカザリームも例外ではなかったようだ。


「手続きを担当いたします。イシュト・グイベルです。よろしく。

バズス=リウ、くん、ね。すごい名前。」


営業用のものだとしても十分、及第点のにこやかな笑顔を貼り付けた受付嬢は、そんなことを言った。


「やめてください。気にはしてるんです。」

リウは、頬を膨らませてそういうと、イシュトは、ごめんね、と言って頭を下げた。


「出身は、グランダ。資格を取ったのは、ランゴバルド・・・・いきなり銀級登録はすごいわね。」

「パーティの仲間に、お姫さまがいたもので。」


あまりプライベートに触れられたくないリウである。

そのお姫さまとは、まだ解決していない恋愛事情も抱えている。


「それにしても、まあよくて鉄級でしょう。鉄級なら迷宮探索や行動制限地域のない採取活動もできるから。しかも・・・冒険者学校在学中に!」


イシュト嬢は、綺麗にマニキュアされた指で、リウの冒険者証を滑らせた。


「申請は却下します。」


数妙間、沈黙が続いた。

窓の外をとりが優雅に待ってた。港が近いので、海鳥だろうか。大きな翼に乗ってゆっくりと空を滑空していく。


「・・・理由を聞かせてもらえますか?

オレたちは、ランゴバルドの正式な銀級冒険者です。カザリームはパーティ登録を拒否できないはずだ。」

「あなた方のパーティ名は?」

「・・・・『踊る道化師』。」

「だからよ。」


さすがのリウもわけがわからない。

「名前で、パーティ登録が却下されるなんてことがあるんですか?」


「『踊る道化師』を名乗るパーティが受付に来るのは、うちのギルドだけで、あなた方で八つ目。」

イシュトは、リウよりも、受付という仕事よりも自分のネイルの方が気になるようだった。

キラキラ光るそれに、目を凝らしながら、

「こう言えば、もっとわかりやすいかしら。

ミトラで大暴れした売り出し中のパーティ『踊る道化師』を名乗って、銀級パーティの登録をさせようとする奴らはあなた方で、八組目、なの。

まだ、情報は十分に伝わっていないから、カザリームでは、真偽の判断のしようがない。

なので、『踊る道化師』を名乗ったパーティは、即座に申請を却下するよう都市の行政部からお達しがきているわ。」


「本物はオレたちなんだけど?」


「証拠がない。というか、わたしたちカザリームにつたわる情報だけでもあなた方はアウトね。」

ギッと音を立てて、体を逸らし、リウはイシュトを睨め付けた。

「どこが?」


「まず、リウ。ミトラからの情報では、あなたは女性のはずよ。面差しとかは多分似ているんだろうけど、そもそも性別が違ってちゃあねえ。」

「これにはいろいろ事情が。」


説明したら、かえって信用されなくなるだろう。そのくらいはこの傲岸不遜な少年にもわかるのだ。


「後のメンバーは?

フィオリナ姫っていう北の新興国のお姫さまはどうしたの? 一緒じゃないの?」


その名を聞くだけで、リウの胸中に苦いものが込み上げてくる。

もちろん。イシュトに悪気はないのだ。それがわかるので、リウは我慢している。彼女はただ職務を忠実に遂行しているだけなのだ。


「あとは蜘蛛獣人のギムリウス。これはかの大神獣ギムリウスの血を引く強者と言われてる。これは連れてきているの?」

「フィオリナもギムリウスも、ランゴバルドにおいてきている。」


リウの声は苦しそうだった。


「そうなんだ。じゃあ、吸血鬼は? 百年ぶりに西域に現れた真祖吸血鬼は?」

「それも同行してない。」

「それじゃあ、魔王の再来と噂される天才魔導師は?

古竜もひれ伏すとかいう竜人のお姉さんは?」

「ルトもアモンもランゴバルドだ! 一緒に連れてきたメンバーはそこにあるだろう?」


イシュトは、手元の申請書類に、嫌そうに目を通した。


「全部こっちの情報網には、かかってこない名前なのよね。だれ? エミリアって。」

「怪盗ロゼル一族の副頭目だ。棒術を使使う。かなりの達人だ。」

「あのさ、リウくん。」


イシュトはため息をついた。一緒に胸が上下する。


「新しい戯曲の脚本を考えるわけじゃないんだから、次から次へと新しい設定を持ち込んでも、こっちは混乱するだけなのよね?」

「・・・・・」

「せめて、もうちょっと本物に寄せれないかなあ。」


リウは、冒険者証と申請書類をつかんで立ち上がった。


「どこに行くの?」

「ここで手続きするのは、やめた!」


それは残念ね。

と言ってイシュトは笑った。

「でも、行政府からのお達しって言ったでしょ? どこのギルドに行っても同じよ。

それに、わたしならちょっとした解決策を提案してあげられる。

聞いていく?」


リウとしては否も諾もなかった。


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