自称勇者とその師匠
なにしろ、ここはギウリークを代表する大貴族アライアス公爵のお屋敷だ。怪しげなものは、最初から入り込めない。
その男は、歳の頃なら、もうそろそろ中年に差し掛かろうというしぶいおじ様だった。
背はすらりと高く、オールバックの髪を銅の輪で止めていた。
口元のしわが、なんともいい味わいがある。
ミトラ神陰流のソウエイと名乗った。
そう言われた、アライアス家の召使いが彼を、とりあえず、共用の応接室に通してしまったあとで、わたしを呼びに来たのは、かれが有名人だったから、らしい。
わたしが、ミトラ神陰流もソウエイもわからずに、きょとんとしているのを見て、アライアス家の名刺使いは丁寧に説明してくれた。
初代勇者と剣聖を始祖とするミトラの剣術は、主に正当ミトラ流、新ミトラ流、ミトラ真流に別れていて、各世代の勇者はもちまわりでこのうちにひとつに入門して、剣術を学ぶことになるのだ、とか。
ここらは、もはや千年の時を経て、ほとんど慣習、とういか政治になってしまっていて、それぞれの流派にひいきの貴族がつき、まあ、なにがどう違うのかは道場の設えやら、礼儀作法が若干異なるだけで、似たりよったりだそうだ。
ミトラに産まれた貴族は、男女問わず、一度はこれを習うのだが、そこから本格的に剣の道にすすもうと思うものは、基礎を一通り、学んだところで星の数ほどもあるミトラ流剣術の亜流の門をたたくものだという。
なにしろ、千年たってしまったミトラ三派には、ここ数代、これと言った剣士がでず、血筋でがっちり門閥が定まっており、学ぶにも出世するにもあまり魅力的とはいえないらしい。
「ミトラ神陰流」は、当代のソウエイが若かりし頃に創設した一派であり、歴史とか伝統はないものの、ソウエイ自身がミトラ、いやギウリークでも指折りの剣士だということもああり、有象無象の各流派からは一歩ぬきんでた存在となっている。
立て板に水。なめらかに語りまくるアライアス家の召使いに、わたしが呆然としていると、彼はちょっと呆れた顔で「剣の道を志すものなら当然知ってる話ですよ。」と言われてしまった。
そうなのだ。
わたしは、まだまだこの世界は初心者だ。そりゃあ、ヴァルゴールとしては長いんだけそ、ヴァルゴールのわたしは、あんまり地上のことに関心がなかったので、結局は世間知らず同士が合体したので、異世界人で勇者で神様の世間知らずがひとり誕生しただけなのだ。
そして。
わたしは、困っている。
わたしの顔を見るなり。
いや、部屋に入った瞬間から。
ソウエイ氏は、床にひれ伏してわたしを迎えたのだ。
「お目にかかれましたこと、光栄の極み・・・・」
そこらへんは、なんとか聞き取れたのだが、あとは声がふるえ、なにを言ってるのかわからない。
どうも、途切れ途切れの単語を集めて、わたしの女子高生頭脳で再編集すると、このひとはわたしに剣を教えてくれたがっているらしい。
アライアスさんとこの召使いの話が正しいなら、願ったり叶ったり。だって、流派の創設者が自ら師匠を名乗り出てくれているのだから。
でもなんでわざわざ。
途切れ途切れの話は、すすむにつれて、なぜ、剣を習うのに自分の門を叩いてくれなかったのかという、恨み節にかわっていった。
「ミトラ三流は、すでに形骸と化し、そのほか、ミトラ千流といわれるほどに道場のたぐいは、このミトラだけでも無数にあります。
しかし、わたくしめの『ミトラ神陰流』。そのような有象無象からは一歩も二歩も抜き出た存在であると自負しておりました。
なぜ、まっさきにわたくしの元を訪れてくださいませなんだ。」
声はほとんど咽び泣くようだった。
「たしかに主上がこの地上に降臨された折に、真っ先に駆けつけなかった罰は、五体を引き裂かれても当然と考えております。
しかし、ミトラの剣を学ばれるというのであれば、せめてその前にわたくしめが半生をかけて研鑽した我が技をお伝えしたく。」
だって、あなたを知ったのは今しがただし!?
それに、なに?
あんたにあるじ呼ばわりされるいわれはないんですけどね。
「主上。」
ソウエイの手が、わたしのガウンの裾にかかった。上げた顔は、もはや狂う一歩寸前。目は異様としかない光を放ち、口元からは涎とあぶくが流れ出ている。
こ、こわっ!
なので、この男が、けっこうイケてるオジサマだとわかったのは、もっと後になってからだ。
だいたい、主上って。
その呼び方をきいたのは、はじめてではない。ゴウグレやヤホウが、ギムリウスを呼ぶ時にそんな言い方をしていた。
ということは、こいつは・・・。
ぐしゃ。
ソウエイの頭は見事に踏み潰されて、床にディープなキスをかましている。
踏みつけた白い足が持ち上げられて、バスローブの裾が翻った。
下着はつけていないので、かっこのよいおしりまで、しっかりと見えてしまった。
「残念姫! こいつは・・・」
「残念姫っていうなっ!」
素肌にバスローブで、乱入して人な頭を踏んづけるひとをなんとよべと。
「だって、このひと、わたしになんか危害を加えようとする気はなかったみたいだし。」
「当たり前だろう。」
フィオリナさんは胸をそびやかした。
着ていたバスローブは、男性用だったらしく、背は高くっても骨格が男性よりはひと回り華奢なフィオリナさんの肩がはだけて、おっぱいがチラ見えた。
たしかに、本人気にはしてるのだけれど。わりとモデルさんみたいで、かっこよいスタイルなのでないかな?
と、声に出して言うと、フィオリナさんは、あわてて、体を隠した。
「そいつは、リウに放り出されて、ひとりベットでリウの、残り香に酔いしれながら悶々としていたのじゃ。」
「オルガっちだって、絶対にルトくんから、愚痴を聞いてもらうためにお声がかかるって言ってたのに、フラれてんじゃない?」
まあ、それはそれとして。
オルガっちは目を泳がせた。
「こいつは、ソウエイ。
西域最強と呼び名も高き剣士で」
「わたしの『使徒』だね。」
ソウエイは完全に失神していて、その額のあたりから、ゆっくりと血が広がっている。
「オルガっち! フィオリナさん、魔法をお願いします!」
「わかった。絨毯の洗浄魔法じゃ(だ)な!」
「治癒魔法にきまってるでしょう!」
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