ああ、もうほんとになんてすばらしい世界

うーん。

フィオリナは、寝床の中で身動きした。

確かに「酔い」は回っているが、酔い潰れてはいない。


アライアス侯爵邸の客用棟のリウの部屋だった。

海外からの来賓がひっきりなしのギウリーク聖帝国の首都ミトラの高位貴族たちは、半ば義務のようにこの手の施設を屋敷に併設させている。

もちろん、各国の元首クラスならば、その国の大使館に付属する宿泊設備も設けているだろうし、ギウリークとして、丸ごと滞在用に貸し出せる屋敷も用意しているが、そこまでではない役人や貴族の従者たち用の施設もいる。

このところ、一段と治安が悪いとミトラでは、ホテルも古びた設備の悪いものが多い。


部屋は、ベッドとソファ。トレイに体を流せるシャワースペースだけの簡易なものだ。

リウは正しくは、今も北の境界山脈を越えた魔族の国の王である。

(国そのものは継続しているし、リウは退位しても亡くなってもいない。)

だが、ここでの扱いは、クローディア大公の従者の一人だった。

魔王宮で育った強大な魔力を秘めた謎の少女、という触れ込みで、ギウリークには喧伝されてしまったので、自由に性別を変えられなくなったいま、あまり、屋敷の召使たちに姿を見せないように気をつけていた。


フィオリナはそれでも、しばらく、シーツに残るリウの残り香に、悶々としていたが、体を起こす。


まだ、宵の口といった時間である。

フィオリナは、リウの唖然とした顔を思い出して、にやついた。

彼女としては、リウをからかったつもりである。

どんなふうに、拒否されるのか、あるいは拒否されないのか。

まさか、酔いつぶすという行動に出るとは思わなかったが。アルコールによる酩酊など、フィオリナは、即座に醒すことはできたが、酔いつぶしてリウが自分をどうするのか、興味があったのだ。


結果は、まさかのまさか。そのまま放置であったが。


フィオリナは、床に脱ぎ捨てたバスローブを手に取った。羽織る前に、部屋の姿見に移る自分の姿を眺めた。

ルトとの組み手で受けた傷は、すっかり治っている。

肌も髪も。火傷や擦過傷、切り傷、全てが綺麗に回復していた。


「わたし、きれいよね?」


独り言に返答したものは、部屋に置かれた燭台の影に蟠っていた。


「見方によると思うぞ?」

「覗きとは、趣味が悪いな、銀灰皇国の姫君は!」


バスローブの袖から、風の剣があらわれた。

「いつから居る?」

「リウが出かけてからじゃな!。

どうも感じからすると一杯引っ掛けに出かけた様子じゃ。」


燭台の作る陰から、上半身だけを乗り出して、闇姫オルガが笑う。

「愛しい后をおいて、出かけるとは何事かとも思ったが、独り寝とはさびしいのう?」


フィオリナの一撃は、オルガにも見切れなかった。フィオリナが剣を鞘に収めると同時に、燭台が斜めに両断されて、おちた。


身を隠すべき、影を失ったオルガの姿はゆらりと、揺れて、全身がそこに現れる。

こちらは、裾を長く引いたナイトドレス姿だった。

色合いは宵闇に似た濃い紫。ウエストを締め付けることなく、ゆったさりとおるがの身体を覆っている。

胸の谷間を強調するようなデザインに、フィオリナの顔が険しくなった。


「恐い顔をするな。実はアキルがやっかいな事になっている。

お主のように、傍若無人なヤカラの手助けが必要じゃ。」

どういう意味?

と、言葉には出さないが、

舌打ちをして、フィオリナは、バスローブを羽織った。

声を掛けられるまで気が付かなかったのは、気に入らない。おかげで恥ずかしいセリフを聞かれてしまった。



_____________



さて、わたし、夏ノ目秋流は邪神サマの現し身である。

これはとってもわかりにくい概念なので、公式に名乗る場合は、神さまによって、特別な能力を与えられて、異世界から招かれた召喚者だと。そう人様には名乗っているのだ。

いわゆる勇者というやつだ。

ただし、である。

わたし(この場合のわたしは、邪神ヴァルゴールである)は、アキルを異世界から招くときに、たいした能力を付与してやらなかった。


一応、返り血を浴びることで、体の傷が回復する、というそれなりに使い勝手のいい能力はあるのだが、相手が温かい血をもたない昆虫型の魔物だったらどうするつもりなのだったのだろう、わたしは。ギムリウスの眷属の体液をあびて復活する自分の姿は、あまり想像したくもない。

このままでヴァルゴールの力が使えないのかといえば、そんなこともないのだが、神さまの力というのは、それを奮っても、別段、相手に認識されることはないのだ。


あまりうまい例ではないが、対峙した相手を神さまの力で倒したとしても、それは、相手が急にお腹を下したとか、そういう現象として現れるだけなのだ。


なにがまずいか?

カッコよくない。


つまり、わたしは勇者アキルとして、誰にもわかりやすい、カッコイイ方法で相手を倒さねばならないのだ。

そのためには、魔王を封じた初代勇者と剣聖が創始者となるミトラ流の剣法が最適!と思ってわたしは、はるばる(物見遊佐をかねて)ミトラにやってきたのだが。


魔王リウに紹介された当代勇者のクロノにはあっさり断られた。

リウくん曰くは、わたしが自分を「勇者」と名乗ってしまったのが不味かったらしい。べつに邪神ヴァルゴールでーすって、名乗ったわけじゃないのに!と思ったが、「勇者」ブランドは現在聖光教の登録商標がついてるらしいのだ。

神は、名を明かさぬ聖光教の神ただ一人らしく、ほかの神は、そう自称するちょっと力の強い精霊である、というのが教会の公式見解だ。

なので、わたしが「勇者」と名乗ったのは、とてもまずかったらしい。

実際、教会の偉いひとが何人か険しい顔で、こちらに向かってきたのだ。


クロノは、彼らに立ちはだかるようにして

「彼女は、クローディア大公家の関係者で、ご覧のように銀灰皇国の出身です。」

と言い訳してくれた。

銀灰皇国は、オルガっちの母国で、西域では珍しく、聖光教会の影響が少ない国だ。教会の権威を振りかざすことは、宗教上のデリケートな問題を引き起こすことがあるので、ことはそれで終わったのだが。


さて、困った。

ミトラの剣を習うには、勇者クロノまたはそのコネをつかってしかるべき師範に習いたいのだが、こうして目論見は頓挫してしまったのだった。


そんなところに、あいつが尋ねてきたのだった。

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