道化師たちの提案

ルトがなにか言うよりも、フィオリナ自身が猛然と抗議した。

「ちょっと、どういうつもりなの? わたしが結婚できる年齢まであと1年と少ししかないんだよ? 自由にできる時間がそんなにないのに、離れ離れになるなんて・・・」



いや、おまえはルトと婚約してるんだから「今」も自由になる時間ではないがな!

と、一同は思った。あらためて口には出さなかった。

「まあ、ケジメかな。おまえを愛したことは後悔していないが、もっと正々堂々とするべきだった。おかげで、ルトを苦しめてしまった。」


「でも! わたしたちの『真実の愛』は!」


これはルトの大嫌いな言葉だった。フィオリナもそうだったはずだが、恋はひとを変えてしまうのだろう。

「大丈夫だよ、フィオリナ。ギムリウスほどではないけど、リウも転移はうまい。会いたくなればいつでももどってくるよ。」

わざわざ、こんなことを言ってあげるから、ルトは変わっていると言われるのだ。


「そ、そうだね!」

と、ぱっと表情が明るくなるフィオリナも変わり者なのは間違いないが。


リウは、そんなふたりを見ながら、しっかりと己の腕にはめられた腕輪を見せた。

黒ずんだ銀色の腕輪は上古のキリル文字が、刻まれている。


「転移封じの腕輪だ。まあ・・・それでも絶対に密会できないのか、と言われると、保証はないのだが、いちおうの気休め、だ。」


「そんなぁ!」

フィオリナの甘える声は「気持ち悪いな」とリウを除く全員が思った。




「今回は、オレの魔王党から、選抜したい。エミリアも含めてだ。

メンバーはファイユ、クロウド、マシュー。」


彼らは、「踊る道化師」のメンバーではないので

ここには、いない。もともと、冒険者学校の同期入学生で作られたリウのファンクラブのようなものが「魔王党」だ。

自己紹介のときに、うっかりと言うか、千年たってるから別にいいだろうと、フルネームを馬鹿正直に名乗ってしまったリウに、食いついたクラスメイトたちが、リウの周りに集まり、リウは、学校内の自治組織「神竜騎士団」とのトラブルに彼らを狩りだした。

そのときに戦闘訓練をつけたのが、「魔王党」のはじまりだった。


なんだかんだと、リウは、その後も集まった連中に、稽古をつけてやり、みな、それなりに腕をあげている。


ファイユは、剣を使う少女だ。冒険者学校の入学試験のときに、もうラウレスに一撃を入れられるほどの腕前だった。ギムリウスとの特訓中にへんなトラウマを植え付けられ、調子をくずしていたが、もともと技量の点では、あるいはエミリアをもしのぐかもしれない。天才肌の剣士だ。

クロウドは、マシューの腰巾着のひとりだった。もともと腕っぷし自慢だったが、さらにアモンの指導もあって、魔力による筋力強化をマスターした。

戦い慣れれば、まだまだ強くなるだろう。粗暴ではあるが、素直な性格で、リウやルトの業前を見てからは、一転してよく懐いている。

マシューは、子爵家の三男坊だったが、素行が悪く、勘当同然に冒険者学校に叩き込まれた人物だ。

(後日、正式に勘当された。)

魔力、剣術ともどうしょうもないレベルだったが、彼なりに努力を重ね、ルトの協力もあって、「神竜騎士団」との対決ではかなり活躍した。

もともと子爵家は、ドロシーの両親の主家でもあった。冒険者学校へ放逐されたときに、お目付け役兼世話係として派遣されたドロシーは、幼なじみでもあり、結局、婚約という形になっている。とはいえ、本人はかわいらしい子に目がなく、最近ではギムリウスにちょっかいをかけていたらしい。


「実戦で鍛えながら、ということになりますね。」

エミリアは、考え込んだ。

彼女にしても実戦経験こそは、豊富だが、迷宮内での戦いは皆無に近い。

隔絶した力をもつリウだが、こんな部下まく使ばかりで、冒険者ギルドが斡旋する依頼をうまく遂行できるのだろうか。


こう言ったことは、むしろルトが得意なのだ。

いっそ、別働隊をフィオリナ付きで、ルトに指揮させ、リウを居残り組にしてみたらどうかと提案しようか。

エミリアは思ったが、居残り組も居残り組で・・・

いや。だめか。

対ギウリークの外交戦略がある。「神竜の息吹」の経営の問題もあるし。あるいは、次の学長戦で、ルールスを勝たせるための仕込みも必要だろう。

やはり。ルトはランゴバルドにおいたほうがいい。おくしかない。


やはり、リウは王者の采配がある。

女癖は悪いけれど。


「それと、だな。」

リウは意地悪そうな笑顔をうかべて、ルトを見た。

「ドロシーも連れて行く。」


ルトは珍しく険しい顔をした。これは完全に予想外だったのだ。

ドロシーは、相手にうまくハマれば相当に強い。だが、その技の体系は、対人戦闘、それも決闘という形式に特化している。

迷宮に何日も潜り、携行食で食いつなぎ、罠をくぐり抜け、魔物の不意打ちにそなえる・・・といった訓練はしていなかった。ここで、なぜ、ドロシーを指名するのか。


「なぜかわからない。という顔だな。まあ、いくつか理由があるからきくか?」


「もちろん、聞かせていただきます。」

と、言ったのはドロシーだった。アライアス公爵家の侍女服がきにいったようで、今もきちんとプレスのきいたそれを着こなしている。

顔は無表情だったが、明らかにリウの提案に怒っていた。

「わたしも迷宮探索は未経験です。パーティとして、格段に役にたつとは思っていません。」


「おまえもマシューも18になったんだろう?」

リウは意外なことを言った。

「ならば、婚約から次の状態にすすんでいいわけだ。」

「そ、それは。」

ドロシーは絶句した。生真面目ながら、どこか抜けたところのある彼女もまた、婚約者とすぐの結婚など考えていなかったのだ。


ドロシー! おまえもか!

と、ルトは心のなかでため息をついた。


「ルトやジウルと離れて、もう一度、マシューとのことをじっくり考えてもいいのではないか、と思ったわけだ。

それと。」

リウは、ルトにむかってにやりと笑った。

「オレが、フィオリナと引き離されるのに、残ったルトがドロシーといちゃいちゃするのは気に入らない。」


「まあ・・・それはそうかも。」

ルトの言葉に、逆にまわりが唖然とした。


婚約者を寝取られたのは、ルトのほうだ。

正確には、リウはフィオリナと自分の性別を反転させて、ことに及んでいるので、フィオリナは童貞は失ったが処女のまま、という妙なことになっている。

それにしても、婚約者は婚約者だった。

不貞には違いない。


「オレと、フィオリナが悪いのは認めるよ。」

さばさばと、少年の姿をとる魔王は言った。

「だけど、ルトがドロシーやリアとしてたことも、あれが浮気でなければ、オレやミュラもまったく浮気にならない。そもそも、自らに異性を愛する能力がないにも関わらず、婚約を維持するべきじゃない。

ルトにだって反省する点は大いにあるんだ。」


「却下だ、魔王。」

アモンが冷たく言った。

黒い翼を広げて、空中に佇むそのさまは、どこか悪魔をおもわせた。

「異性に迫られるのは浮気とは言わない。それに応じて初めて浮気だろう。」


「現に、ルトはドロシーとは半裸で抱き合ったりしているが。」

「そうだな、それすら拒まれたのはおまえだけだな。」


これにはリウもイヤな顔をした。たぶんに権力も込みではあるが、彼は自分の魅力に自信を持っていたのだ。


ルトはアモンとリウの間に割って入った。

「アモン。リウの提案そのものは悪くないと、思う。

ドロシーについては、せっかくこの会合に参加しているのだから、本人の意思で決めさせてくれ。」


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