エピローグに至る最終章

道化師たちの会議

迷宮ランゴバルド。

かの西域を代表する大都市ランゴバルドをそのまま、模して作られた迷宮である。

ただし、ここには何もない。存在すら秘匿されている。ゆえに訪れるものはおらず。


例外は、ランゴバルドの銀級冒険者パーティ『踊る道化師』だった。

場所は、『ランゴバルド博物館』前の、大通り。通りのなかほどにベンチと花壇がしつらえられた公園があって、彼らは今日はそこに集まっている。


明るい陽光のもとでは、鮮やかに咲き誇る花々も、どこから光源が指してくるのかわからないこの世界では、どこか色彩を失って、影に沈んで見えた。


「順分満帆、とはこのことだろう。」

噴水の天辺に腰を下ろしたランゴバルト冒険者学校の制服に身を包んだ精悍な少年は、バスズ=リウという。過去に世界を滅ぼしかけた魔王の名をもつこの美少年は、なにを隠そう、バズス=リウその人である。初代勇者に『魔王宮』に封じられたはずの彼が、なぜ冒険者をしているかは、話すと長くなるので「婚約破棄で終わらない」という物語を読んでいただけるとありがたい。


「『踊る道化師』のデビューとしては十分だ。ランゴバルド冒険者学校へのギウリークの謀略を阻止し、ギウリークでは、アライアス侯爵のご子息の救出、オールべからクローディア大公夫妻を救助、その歓迎会の護衛任務の成功と。

いずれも、我々の実力を知らしめるに十分な実績だ。」


「確かにね。」

ボロボロのマントの少年が頷いた。こちらはバズス=リウと同じ年代ながら、よく言えば優しげで悪く言えば頼りない印象を与える。

『踊る道化師』のリーダー、ルトだった。

「まさに、ほどよい感じだ。どこぞの悪竜退治やら迷宮制覇のように、有名にもなりすぎず、しかも知る人ぞ知るという。」


「さて、ルト! そこで、だ。いまの我々に足りないものとはなんだろうか?」


ひとの婚約者にちょっかいをかける魔王、かな。いや、ちょっかいをかけられてほいほい乗っちゃう婚約者だろうか。

ルトはそう言ってから。

「すまない。いらないモノではなくて、足りないモノだね。

つまり、実績、だろうな。我々が解決した3つの案件は、いずれも闇の中でひっそりと行われたものだ。冒険者ギルドで大体的に張り出される内容ではない。

つまり世間的には『なんかすごいパーティがいるらしいけど、なにが得意でなにを成功させたいのかはよくわからない』状態だ。

これでは、新しい案件は受注しにくい。やはり、冒険者らしく、なになにを退治したとか、どこぞの迷宮の何層からこんなお宝を回収した、というわかりやすい実績もほしいところだ。」


「さすがはリーダー!」

リウは、うれしそうに言った。


「わかりました。ではてごろな迷宮をひとつ、ふたつ制覇してきましょう。」

手をあげたのは、彼らよりもさらに年下、12,3にしか見えない少女だった。いや、その顔立ちがあまりにも整っていたので「少女」と描写したのであって、もともとこの生き物には性別はない。

その実体は城塞ほどもある巨大な蜘蛛の神獣。ここにいるのは、その義体にすぎない。名をギムリウス、という。


「迷宮を制覇する、の意味はわかるのか?」


ルトが優しくたずねた。うれしそうにギムリウスは答える。


「はい、まず深層部に転移し、コアを発見、これを解析、掌握します。以降、ダンジョンのマスターは、わたしたちになります。一時間ほどの作業になるかと思います。」


「・・・・というわけで、ほどほどのやり方でクエストを遂行できるものが必要だ。」

リウが、同意をもとめるように一同を見回した。


ギムリウスは焦った。

「い、いまのはだめですか? 迷宮を『制覇』できてはいると思うのですが。」


「一方で、ギウリークのランゴバルドへの干渉が終わったわけではない。」

リウは、かわいそうなギムリウスを無視して続けた。

「『踊る道化師』の中核は、冒険者学校の中においたままのほうがよいと思う。なのでオレの提案はこうだ。

選抜したメンバーに、カモフラージュのため冒険者学校の一般生徒もまじえた臨時パーティを作り、ランゴバルド以外の地域の冒険者ギルドで、地道に依頼をこなして名をあげる。

と、同時に『踊る道化師』は化け物ではなく、きちんとした冒険者なのだという評価もうけておく。」

「場所は? メンバーは?」

ルトの問は短い。

リウの提案はたしかにいい手段だと思われた。

だが、その選抜メンバーとやらが。

リウ自らがその選抜メンバーとやらにはいって、ルトの婚約者であり、リウの恋人でもあるフィオリナ(彼女がそのふたつを掛け持ちすることはルトはもう諦めた)も一緒に連れて行ってしまうのは勘弁してほしかった。


「まず、指揮はオレが取る。」

ほら来た。

で、フィオリナをメンバーに加えるっていうんだろうが。

「その他のメンバーはオレの『魔王党』から選抜したい・・・・エミリア!」


はいっ、

と、貫頭衣の美少女は、びっくりしたように立ち上がった。怪盗ロゼル一族の副頭目。棒術使いの少女エミリア。

今回のミトラでの騒動で、ちゃっかり得をしたのが、唯一、彼女だった。実は彼女は、以前ミトラ大聖堂から、盗まれた「神竜の鱗」を密かに「返還」するように指示をうけておいたのである。

盗み出したのはエミリアたちには、違いなかったが、戻すとなるとまたこれは、盗むのに輪をかけて難しい。

手をこまねいていたところ、先日、なんとミトラ大聖堂が消失するという事件が起こった。


ミトラ大聖堂に戻すべきお宝だったが、大聖堂そのものがなくなってしまったので、任務もたち消えになって、一安心していた。


「一緒に来い。おまえなら、各国の裏社会に顔もきくし、いろいろと役にたつだろう。」

パーティの一員というより、ツアーのコンダクターみたいな仕事かな。とはいえ、エミリアには否も応もない。いちおう、ちらりと現在の頭目である吸血鬼の真祖に、目をやったが、彼女は素知らぬ顔をしていた。


「わかりました。選んでいただき光栄です。で、どちらに向かわれます?」

「迷宮都市カザリームを考えている。」

「なるほど、よいご選択です。

ランゴバルドについで冒険者の社会的な地位も高く、また亜人への差別もすくないところです。『踊る道化師』にふさわしい街かと存じます。」

「選ぶメンバーは、人間だけだぞ。」

と、言ってから、リウはルトを見て笑みをうかべた。

「心配するな。フィオリナは連れて行かない。」



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