道化師たちの日常

ルトは荷物をまとめている。しばらく、お世話になったホテルの部屋だ。ミトラの偵察をかねて、しばらくフィオリナと一緒に過ごすつもりだった。

婚約破棄騒動から、なんとなく出来てしまった壁を解消するために。

王立学院のときのように、ふたりで、意味がなるのかないのか、わからない考察を戦わせたり、冒険したり。

ミトラへの偵察も実際のところ、ふたりで過ごすための言い訳だったのかもしれない。


結果は予想外のものになった。

いや、結果ではない。フィオリナを放置してしまったために起きたアレコレを、あらためて知らされただけ

だいたい、リウとフィオリナが出来ていたなんて、まったく気がついていなかった。

ルトは、自分の間抜けさを責めている。自分から魔力と頭をとったら、なにが残る。

性格の悪さだけだ。


ミュラとのことを自白したのは、あるいはフィオリナのカモフラージュだったのだろうか。


「ルトくん、フィオリナさんの荷物は片付いたよ。」

アキルが、フィオリナの寝室から顔を出した。


冒険者学校の制服姿だが、ジャケットを脱いで、腕をまくっている。

「言われた通り、すぐ使いそうなものだけ、トランクに詰めて、あとは雑嚢にいれて、ヨウィスに収納してもらう、でいいよね。」

「ありがとう。あとは10日後のクローディア大公の結婚披露宴だけだ。とはいえ、それまでに、レクスの『聖竜師団』顧問への就任もある。ミュラさんの心配していた聖域共通通貨のグランダへの導入についても、銀行側に一度会っておきたい。

だから、なんだかんだけっこう忙しいかもしれないよ。

帰るときは、ギムリウスに送ってもらうから、みんないっしょのほうがいいだろう。アライアス侯爵邸にお世話になるよ。」


「フィオリナさんは?」

「ああ、買い物に行ってくるって言ってた。」

「あのそれって。」

「リウとデートだと思う。」


呆れたようにアキルはルトを見た。

「それでいいの?」

「まあ、しばしのお別れを惜しむくらいは。」

「それで、平気なの!?」

「なんというか・・・・」

ルトは、手をかざしてポットに湯をわかすと、茶葉をいれてお茶をたてはじめた。

「それで、平気な自分を目指したい、な。と。」


「・・・なんか違う。」

アキルは、座って茶器から立ち上る湯気を楽しむように、鼻を近づけた。

「あのさ、この世界はコーヒーってないのかな。」

「どんな飲み物?」

「黒っぽい粉で」

と言いかけて、アキルはその説明ではだめだと、悟って言い換える。

「南の方で採れる豆みたいな実を焙煎して、粉にひいたものを」

基本インスタントしかしらないアキルには、説明が難しかったが、似たようなものはあった。

だが、苦味が強すぎて、眠気覚ましの薬的な使い方をされていた。


「ミルクと砂糖を足してみ? しぬほど美味しいから。」


ルトは、少し考えてから立ち上がった。


「片付けもだいたい済んだし、お昼もまだだろ。ミトラミュゼに行ってみようか。」

「?」

「あそこのメニューに、アキルが言ってた飲み物があったような気がする。」




そのカップルは、周りの注目を集めていた。

年齢はまだ、十代の半ばを過ぎたばかり。成人である18歳には、すこし足りぬといったところか。

だが、少年のほうも、少女のほうも、とんでもない美形だったのだ。


ふたりとも、美しすぎていささか、気圧されるような圧迫感すら感じる。

オーダーを取りに行った店員は、どこかで見たような・・・と考えた。

でも、あれは。


「季節のシフォンケーキオールシーズン盛りで!」

「季節のアイスクリームオールシーズンで!」

ふたりで声をそろえて

「あと、クリームソーダバケツサイズを。ストロー二本で!」


そうだ。たしかにこの前も。店員は首をひねった。でもあのときは、たしか女の子二人だったような。

そう言えば少年のほうは、あのとき凛々しい姫騎士が連れていた少女に面立ちが似ていた。あるいは、先日連れていた少女の兄弟かもしれない。

店員は、それ以上の詮索は、あきらめて、仕事に戻った。


「これからの予定を打ち合わせしておこう。」

と少女・・・言うまでもなくフィオリナは、話をはじめた。

相手の少年は、もちろん、リウである。



「父上の結婚式が終わったら、まずはランゴバルドに戻る。ドロシーは、態度保留だが、これはマシュー次第だと踏んだ。

今のドロシー、ルトに気を取られているが、マシューに会うと、ころっとマシューになびく。

根は、真面目なのに、目の前に好きな男がいるとそいつに合わせてしまう困った性情の持ち主だ、あれは。

出立の準備に、まあ、10日はかかるだろう。」


フィオリナは、運ばれてきた切り分けられたケーキの一片を、リウの口に放り込んだ。自分でも手掴みで、ケーキを口に運んだ。


「それまでは、せいぜいわたしは大人しくしておく。

ルトだけじゃない。アモンやロウも騙しておかなくてはならないからな。

リウたちが旅立って、そう、3日後にわたしも出奔する。決めておきたいのは集合場所だ。

ミトラやオールべでは、追ってをかけられやすい。かと言って、カザリーム行きの船のでるバルドの港ではこれもバレバレだ。

ドロシーたちは、わたしが合流したら真っ先にルトに連絡するだろう。

バルドの手前、しかし、いまさらランゴバルドから追手もかけられない。追っ手がい追いつく頃には、わたしたちはカザリーム行きの船に乗っている。

そんなところがベストなのだが。」


「それなら、エルカルテの町がいいと思う。バルド行きの魔道列車とは違う路線なんだけど、実はエルカルテからバルドは、徒歩で半日なんだ。」

「それはいいな! さすがはルト!・・・・・・だ・・・ね。」


フィオリナの目が泳いだ。

その肩を叩いて、ルトはリウに笑いかけた。


「今のは、フィオリナの独断だよね?」

「当たり前だ。そっちもデートか?」


一緒に座るか、とリウは誘った。



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