第500話 その結婚は無効です


「ほっといてくれないかな? センセ。わたしは、全世界を敵に回してもリウを手に入れるの!」

「手に入れたければ、勝手にするがいい。だが、結婚は無理だ。」


暴走花嫁より、よほど花嫁らしい衣装に身を包んだルールスが、一歩二歩と、祭壇に近づいた。

引きずる裾を、素早くネイアが捧げ持つ。なんだかんだここも、いいコンビなのは間違いなかった。


「ルトはセンセにあげてもいいよ? ただ、ルトがいいっていえばだけどね。

どうせ、ルトもわたしのものだから。そうだな『貸し』ましょうか。」


「言ってろ。残念嫁。」


その言い方なんとかならない?と、フィオリナはむくれたが、同情するものはいなかった。

ずりずり。

ずりずり。

ずりずり。


長いスカートの裾を捌くのも技術はいるのである。王族の一員でありながら、幼いころから「真実の眼」の後継者と定められたため、まともなドレスを着る機会のなかったルールスの足取りは、遅く、おぼつかない。

それが、また異様な迫力をもたらしていた。


会場は固唾を飲んでこれを見守った。

列席者は、この「結婚?式」を何かのショーだと思うことにした。

その中には、フィオリナ、リウ、ルトの肉親も混じっていたが、彼らもまた、ほとんど傍観していた。

まあ、フィオリナにせよ、リウにせよ、普通ではないのだ。

この「け?こんしき?」が無事に終わる訳もなく、幸せに包れた夫婦が誕生することなど、さらに有り得なかった。


「あるいは、ルトとの結婚を流すために、フィオリナとリウは、わざとやっている?」

アキルはつぶやいた。

「それなら確かに、わたしたちの恐れていた空白は回避できる。

世界はあらたな魔王の誕生に怯えることになるかもしれないけど。」


「ルト、がか?」

オルガはつぶやいた。

「あの優しい坊やが?」


「そうだよ。いままで、死と流血を防ぐためにフル回転していたあのオツムと魔力が、逆のベクトルで人類を破滅させるために働くの。

怖くない?」

「どうかな。仮になんだが、ここにいる全員でかかれば、滅殺または封印できるだろう。」

「ムリムリ」

アキルは首を振った。

「アモンさんたち、古竜は誰も協力しないよ。

竜にとって、人類がどうなろうと、それは面白い生き物がひとつ減るだけで、彼らの存亡とはなんの関係もないし。

それに、ギムリウスとロウさまは、ルトくんに着くんじゃない?

勢力的にはそれでけっこう、拮抗しちゃってるのよ。」

「そういうおまえはどうするのだ? アキル。傍観を決め込むか?」

「ルトくんに付くに決まってるじゃない?

まあ、いまのわたしは大した戦力にならないけどね。」

「なら、わらわと、ミランもルトに味方することになるわけじゃ。

ドロシー、おまえはどうする?」


ドロシーは白い顔で首を振った。だがミュラが、その肩を抱くようにして引っ張った。

「わたしと、リア、ドロシー、それにクローディア陛下は、なんとか脱出させなさい。多少、腕に覚えがあっても普通の人間よ!?」


「あとは、グランダの王と先代か。そっちはザザリが上手くやるんだろう。」


フィオリウとリウから、2メトルばかり離れたところで、ルールスは足を止めた。



ルールスもまた優れた魔導師である。そして、その護衛につくのは、強大な吸血鬼ネイア。

西域では「子爵級」に相当する。


だが、それをもってしても。

目の前にたつ、美姫と美丈夫には何秒もつのか。

かつて、フィオリナの振るう力は魔物のスタンピードに例えられ、リウは現実に千年の昔、人類を滅ぼしかけた。


「それ以上、一言でも口を開いたら」


フィオリナの手に炎の剣が現れた。これも本来、投射するための魔法だ。それを剣の形に維持し続けるだけでも膨大な魔力を消費する。


「消し炭にするぞ、ルールふ」

フィオリナの口のなかに投じられたのは、消し炭だった。


がりり。

消し炭を、吐き出そうとして、ほのかに残ったバターの香りと甘さに気がついた。


「こ、これは、クッキー・・・」

「氷竜公女ラスティの焼いたクッキーだ。」

ルトは、難しい顔で、フィオリナの横に立っていた。

エプロンはそのまま。だが、その片手に抱えられた皿には、同じく黒い炭化しかなにかが盛られていた。

「リウは、けっこう美味い美味いと言って食ってたそうだ。」

「…」

「なにしろ、階層主たちも公認の恋人だったから、甘やかしてた部分もあったんだろう。」


フィオリナは、10代前くらいの少女にしか見えないラスティと、リウを等分に見比べた。

なにか、言おうとしてやめて、叫ぼうとしてやめた。怒ろうとしてやめ、泣こうとしてやめた。

振りかぶった拳を止めたのは、ルトの手だ。


「まず、言っておくがラスティは、500歳に少し欠けるくらいの年齢だ。そうだよ、その若さで知性を獲得して古竜になったもには、すくなくとも人間の記録にはのこっていない。

アモン、竜のほうはいかがです?」

「記録はラスティのものがトップだ。破られていない。まあ、早熟なだけかもしれんが。」


「なるほど。流石にリウは王の器らしい。これはと言う才あるものをものを見つけると、公私ともに身近に起きたがる。

そんなことで、二人は長年にわたって、恋人関係でした。

どのくらいからかな、リウ。」


「魔素の制御のために若返りを使ってすぐあたりだから、50年ばかり前だな。」


「そうですか。子を作ろうとは思わなかったのかな?」


「ラスティは、人の姿をしても竜だぞ! 」

「竜ですが、ほとんど人化している。まあ、あの年頃の少女の姿を選んだのは、アモンがあの姿だったので妹分ということにしたかったようだ。リウも別に極端に若い子が好みというわけではない。」


「ルト!」


どうすりゃいいのかわからない残念嫁は、今度はルトの首を締めた。そのフィオリナの口に、ルトはもう一つ炭状のクッキーを放り込んだ。


「こんあもふでごみゃかさいで。何が言いたいの!」

「英雄色を好む、という昔からの諺だ、」

「リウがそうだって言うの!? そんなのはわかって」

「君の方だぞ、フィオリナ。」

「は、わたしが色好みって。」


意外なことを言われたように、押し黙ったフィオリナだったが、みるみる視線が揺らぎ、額に冷や汗が。


「え、え。え、だって、まだ生娘のわたしをつかまえてなにが色好み…」

「よく似てるんだな、きみとリウは。」


なにか言いたそうに、フィオリナが口を開きかけたので、またルトは炭化したクッキーを押し込んだ。


「ルールス先生。ありがとうございます。」

「うん。改まって言われると照れるな。さっきフィオリナに、二年後におまえを婿にしたいと言ったのは冗談ではないのだ。けっこう、わたしたちはウィンウィンになれるぞ。」


「ルールス先生、ぼくはフィオリナと結婚するんです。」


「ルト、言ってもせんないことだが、お主が齢百歳の大魔導師で彼女を導ける立場なら、それもできるだろう。だが、お主もいかに才あり、強大な魔力を持っていてもまだ少年にすぎない。

一緒にいたければいるがいい。

だが、結婚は出来ない。」


「さっきから、フィオリナにもぼくにも、『結婚出来ない』とおっしゃいますが、ぼくらは銀級冒険者です。経済的にも独立しています。16歳で成人もしています。

あとは双方の意思が確かなら、誰も結婚を辞めさせることはできません。」


「まあ、その意思がブレブレなので。」

フィオリナが自分が言うか的なことを言って、リウを見上げた。


「なら延期しろ。それで終わりだ。」

「そしたら、わたしとリウのせいにされる。」

「くだらん。」


長年、冒険者学校に君臨する女教師は、切って捨てた。


「どちらにしても、おまえらは今結婚はできない。足掻くな。諦めろ。」

「でもルトが言ったように、成人してるもの同士が、結婚するのを止める法律なんてないでしょ?」


ルールスは胸をそびやかして、冷たく言った。


「ランゴバルドの成人は18歳じゃ。」


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