第499話 神竜と魔王と酔っぱらいの乱入

「アモン。」

困ったようにリウは、アモンの席にフィオリナを連れて行った。

フィオリナは一応、着いては来たが、そっぽを向いている。


「どうした。淫魔殿。顔色が悪いな。なにか精力剤でも調合しようか?」


そう言ったのは、ウィルニアだった。招待状もなしに、この会に潜り込んだ彼は、テーブルを転々としながら、あちこちで嫌われまくっていた。

彼が、本当に話をしたかったのは、リウとルトくらいだったが、この二人はそれぞれに忙しく、ウィルニアの相手をしてくるものはおらず、ウィルニアのご機嫌がよくなかったことも関係しているのかもしれない。


「ウィル。おまえと話はしていない。」

リウはそっけなく言った。彼の道を外れた恋路を応援してくれるのかと思ったウィルニアの行動が、結局、自分自身の学究的な好奇心から出たものであることが、わかって、彼もをウィルニアには腹を立てていたのだ。


「こんな式、やめちまえ! 残念姫!」

当たり前の人間の範疇を絶対に出ていないはずの、ルールスはある意味無敵である。

ネイアに大量の水を飲まされて、先ほどの泥酔に近い状態からはだいぶ回復していた。

だが、教え子の結婚式に、自分もウェディングドレスで乗り込んできてしまったものは、ある種、吹っ切れた強さを持っていた。


「魔王陛下! ルールス殿下は酔っておられます。祝いの席です。穏便に。」

「なあにが祝いじゃ!」

ルールスは嘯いた。

「ガキだわ、おまえらは!

ルトのほうがなんぼか、マシじゃ。

いいか、ルトは私がもらう。二年後、わたしの配偶者にしてわたしは、王族に復帰する。爵位は、そうだな、ドルベド伯爵でも、用意させようか。」


「そんなロクでもないことを考えていたんですかっ!」

ネイアの声は、全員の代弁だった。

「ふふん! うるさい王族でも王室運営院でも黙らせてやる。誰が反対しようと」

「ルトさまが反対します。」


がくぜんとし、次の瞬間泣きはじめたルールスをネイアがあやしている間に、リウはアモンに話しかけた。


「アモン、相談があるんだが」

「わからん。お主らのやっている事は、人間でも竜でもない。

こちらがききたい。いったい何をしたい?」



フィオリナが前に出た。

「もう、わたしとリウの結婚式にかえようよ!

そうすれば、アウデリアやロウの心配してる『運命の空白』も起きないんだし。」

「その場合、結婚相手がかわるのは、おまえの自己責任になるが」

「そ、それはイヤ、だけど」

フィオリナは、リウの腕に抱きつくようにした。

「そうしとかないと、リウがルトに盗られるの。」

「そうなのか?」


竜にとっては、結婚とは卵から帰った幼い竜を、独り立ちさせるまでの共同生活にすぎない。ただし、その期間は、その努力はすべて幼竜の養育に注がれる。ほかのこと。例えば竜族という種族を通じた悪癖とも言える財宝の収集や戦い、まして他の竜との間にさらに卵をつくることは、大変不道徳な行為とされていた。


「バカを言えっ!」

リウはフィオリナをしっかり見つめ、力強く宣言した。

「ルトを伴侶に求めたのは過去のことだ。オレが閨を共にするのは、この先ずっと、フィオリナ、お前一人だ。」


うん、嘘だな。

人間の心理にも竜のそれにもくわしいアモンは、一刀で斬って捨てた。

真正面から向かい合い、力強く宣言するのは、相手から信用されたいからだ。そんな作為的な言動を伴った約束は、破られること間違いない。


「でも、もしもだよ。ルトのほうから迫ってきたら。」

「・・・」

「あぁっ! 躊躇った。一瞬答えるのを躊躇ったね!」


そんなふうに怒鳴りながら、徐々に軟化していくフィオリナの態度。

ついには。

「ルトと同じ部屋の空気を吸うのもダメよ。話があったら、必ずわたしを通す。わかった?」


リウはフィオリナを抱きしめた。

「ワガママなお姫様だ。」


痴話げんか、程度に治まりつつあった。


ドロシーは、目の前の美味しそうな料理をみつめて、ため息をつく。

’懐には、この誰の意にもそわない結婚式を合法的にぶち壊せるものが入っていた。だが、それをどのタイミングで出したものか。

それにこんなことをしたら、ルトがまたそれはそれで落ち込むのでないと、ドロシーは気がかりなのだ。

誰が気づいて!

心の中で叫んだ。


面倒見のいい真祖吸血鬼が肉をカットしてくれる。

「ドロシー、これラウレスの焼いた焼いた肉だぞ。日の通り加減もちょうどいいし、ソースも絶品だから冷めないうちに。」


そうこうしてるうちに、ふたりが、なんだか祭壇っぽいところの前に立った。

光がすうっと集まってふたりを照らす。


フィオリナとリウは、たしかに歳は若すぎるものの理想的なカップルに見えた。

真白のウエディングドレスの花嫁は清楚ななかに、気品と力強さにあふれ、見慣れぬ衣装の花婿はまだ少年の域を脱していないどこかに中性的な線の細さを残しながらも、まるで野生の獣のような精悍さと人々の長となるべくして生まれた威厳をもつ。


「というか、なんで残念姫と駄魔王なの?」

アキルは、ルトを探した。が、ルトはルトで忙しかったのだ。場内のスポットライトひとつをとっても彼の魔法にほかならなかったのだから。


「集まってくれたみなさん。」

やや、落ち着いた声で、フィオリナは語り出した。

「今回、わたしとルトの結婚式でお集まりいただき、ありがとうございます。でもここで発表刺せせてください、わたしはここにいるリウと」


「ちょっとまったあぁっ!」


声をライトが照らす。ご苦労さん、ルトくん。

浮かび上がる女性は、こちらも白いウエディングドレス姿だった。フィオリナとどちらが美しいかは、まあ、好みの問題もあろう。だが、少なくとも身につけているドレスは、フィオリナのそれより数十倍の価値がある高級品だ。

だれもが(ルールスを知るものもそうでないものも)花嫁の座をフィオリナから奪い取りにきた。

そう、思った。


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