第493話 万策尽きる


「なあにをやってるの、アウデリア。」

瓦礫の山をかきわけて、女傑が立ち上がったとき、目の前には、主婦が見下ろしていた。

腰に手を当てて顎を突き出すように、アウデリアを見下ろす表情は、汚いものでもみるような侮蔑感が漂っていた。

これが、旧知のザザリモードなら、口より斧が先に出たかもしれないが、物腰、口調、表情は、引っ込み思案で万事に大人しいメアのものだったので、ぶうたれながらも、アウデリアは、よっこらせと体を起こした。


魔剣による傷は治癒しにくいものだが、すでに肩の傷は白い線を残すのみになっている。

身体は治っても、鎧がズタズタになっているのはどうしょうもない。

いや、どうしょうもはあるのだが、所詮は、普段着替わりの簡易鎧だ。わざわざ修復する必要も感じなかったのだ。


「どうです? わたしの息子は?

強いでしょう?」

「本気で聞いているのか?」

アウデリアはぶうたれた。

「強い弱いで言ったら、それはつよい。だが、お互いに命のやりとりまではする気がなかった。あれでは、本当の強さはわからん。」


「そうね。」

ザザ=メアは、同意した。

「コンビとしては、どう?

ルトくんと、フィオリナさんみたいないいコンビネーションは発揮できてた?」

「両方とも自分が斬りかかりたいタイプだからな。よくはない。」


アウデリアはぐるりと周りを見回した。

周りのものたちが、動きをとめていた。


空間の「記憶」を左右するザザリの結界だった。

「あなたとその娘、それから息子のせいでこの一帯はひどいありさまよ。

幸いなことに、ギムリウスが駆けつけたのが早くって、命を落としたものはいないの。

なので、わたしの結界に包んだこのままの状態で『巻き戻し』をかけるわ。

怪我は治るし、建物は修復される。

まわりの人たちの記憶としては、そうね。建物が吹き飛んだみたいなすごい爆音がしたけど、とびだしてみたら、なにも無かった、そんなかんじね。」


「神話級の魔術だ。」

不快そうに、アウデリアが言った。

「おまえは神か?」

「馬鹿なことを言わないで!

ギムリウスが居なければ無理よ。」


元通りになった街で、人々は不思議そうに、周りを見回している。

ホテル鴎浪飯店は、その威容を取り戻していた。道路に飛びちった、建物の一部が破砕されたときの瓦礫も綺麗さっぱり消えている。


「よくやったな、ギムリウス。」

アウデリアは褒めたが、ギムリウスはうかない顔をしていた。

「ルトを魔王宮に拉致するのに、失敗しました。」

ギムリウスは言った。

「アウデリアさまは、ひょっとして。」

「おまえの想像通りだな。フィオリナをぶちのめして、病院送りを狙ったが、リウと一緒にいやがった。」

アウデリアは、ぺっと唾を吐いた。

「二人がかりでぶちのめされて、このザマだ。ザザリとおまえが来てくれなかったら痛い思いをしたうえに死傷者続出だった。」


「あの二人はどうしたの?」

「転移で逃げられた。あとを追えるかギムリウス?」

「追えますが・・・力づくでどうとかは難しいかと。」


「あれで、このまま逐電してくれれば、いいのだが。」

アウデリアは、いまいましげに言った。

「どうもフィオリナはウエディングドレスを合わせていたから、式には来るつもりらしい。」

「打つ手はなし、ということか。

なら、我がバカ息子とおぬしの駄姫がたくらんだように、リウとフィオリナの結婚式にかえてしまうか?」

口調が王妃メアから、闇森の魔女ザザリのそれに変化していた。


こちらは、若干余裕がある。

ザザリにとっては、「運命の空白」さえ回避できれば、その後の混乱はあまり問題視していない。

千年前に中断された「魔王」による制覇が、フィオリナという伴侶をえて、再開されるだけのことである。

魔素の過剰供給による魔族の凶暴化は、現在では、リウが年齢をコントロールすることで抑えることができる。


「言っておくが、リウが人類社会に対して覇権を求めるならば、『踊る道化師』が立ち向かうことになる。」

アウデリアが言った。

ザザリは、我が意を得たり、とばかりに頷いた。


「それはいい!

なにも抵抗のない征服など、虚しいだけだからな!」



魔道列車による鉄道網は、西域社会を狭くしている。

各国の首都には、主要国の領事館が置かれて、出稼ぎに来た自国の民の要望に応えている。

その中には、さまざまなトラブルの解決に加え、婚姻や葬式といった人生につきものの、行政手続きも行なっている。


ドロシーは、役人の顔をまじまじと見つめた。


目が驚きのあまり、飛び出しそうになっている。


「不受理、ですか?」

「そうだな。」


厳しい顔つきの、事務官は別にわざと意地悪をしているわけでは、なさそうだった。

ドロシーとしては、内心ヒヤヒヤものである。

なにしろ、ルトがサインしたら誓約書は、ドロシーを終世にわたってパートナーとするというもので、実際には婚姻届けではない。それを婚姻届けとして提出してしまうことで、あとで行われるフィオリナとの結婚式を無効にしてしまおうという、とんでもない計画だった。

だが、これは上手くいく。

と、ドロシーは確信していた。


ルトやフィオリナのいう「ちゃんとした理由」に、例えば「法律」による制限も含まれると解釈したのだ。

ドロシーがルトと結婚したことになれば、法律上、妻はひとりのみとなるため、ドロシーが離婚しない限り、フィオリナとルトの結婚は、法律上成立しない。


これで、果たして「運命の空白」を回避できるのか?

運命を見る力をもつアキルやロウに、この案を話してみたが、彼らは呆然としていた。


「いける!」

アキルが叫んだ。

「すごいよ! ドロシーさん!」


「し、しかし、その、おまえはマシューという婚約者がいて、ジウルの愛人で」

ロウが、言ったが、言ってて途中で気がついた。別にドロシーも(見かけと違って)貞淑な乙女ではない。

「そうか。ほとぼりが覚めたら、離婚すればいいな。これはいい!」


だが。

「なぜでしょうか。提出はかならずしも両人で来る必要はないはずですし、契約者以外のサインは弾く専用の誓紙で作られています。

いったい、なんの不備が。

いえ、その」


視線がキョドる。そもそもウソの婚姻届けなので、そこいらは弱気なドロシーだった。


「いや、そんなことはないのだが、問題はここだ。」

事務官は、書類の一点を指差した。

ドロシーの目がこぼれそうなほど、見開かれた。



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