第494話 運命の変わる日1
深夜。
崩壊した大聖堂跡は、静まりかえっている。その一角。そこだけは、瓦礫が片付けられている。
そこに、異形のものたちが集まりつつある。
例えば、さまざまな衣装に身を包んだ男女たち。
それからいずれも一体で、国を滅ぼせる古竜の化身なのだ。
明かりは、魔力によるものだった。
単なる光魔法ではない。
その光源は、参列者にしか見えない。
古竜たちは朗々と詩を吟じている。声量も音域も普通の人間のではなかったが、参列者以外がそれを聞くことはなかった。
遠い昔の恋の物語。
魔王にさらわれた婚約者を求めて、世界を冒険する公子の物語だ。
感情豊かに奏でるように、語られる詩は、この詩を知る参列者たちから、白い目で見られた。
歌えないなら、抑揚をつけて詩のひとつも唄えば良いのでは。
と、発案したのはぼくらのラウレスくんであったが、さすがにアモンによって幽閉された状態では、全員にきちんと教えられる詩などいくつもなかった。
たまたま、気に入って、全文を空で覚えていたのが、この「ミリーシャの銀水晶」という一片だったのだ。
公子が、許嫁を奪還したところで終わっときゃいいだろう、とラウレスくんは考えて、実際、そこで、竜たちは詩をやめて、まあ、一応喝采はもらったのだが、問題は、この詩があまりにも有名すぎたことだった。
少なくとも人間の参加者は知っている。
公子が奪還したはずの婚約者は、魔王が忘れられず、公子との結婚式を控えたある日に、出奔、魔王の元に走るのだ。
この度の状況、ほぼそのままである。
あらゆる手を講じて、結局、何もできなかった神獣、神竜、魔女、真祖が鬱々として入場する中、それさえもぶち壊す恐ろしいものが、乱入した。
いや、乱入は可哀想かもしれない。
ちゃんと招待状を持った参列者だったし、新郎新婦の恩師である。だが彼女は、片手に酒瓶を下げていた。おつきの男装の麗人が、それを取り上げるのだが、再び奪還してはらっぱ飲みを繰り返す。
「ルールス殿下っ!」
とおつきの麗人、ネイアはついに人前ではあまり使わない呼び方で注意した。
「クローディア大公やグランダ王もいらっしゃっています。あまりにみっともない・・・」
「ふざけるな!」
と、可憐な酔っ払いは叫んだ。
「人の結婚式に、素面でこの格好で出席できるかあ!」
ルールスのドレスは、彼女によく似合っていた。小柄な体躯を包む白いドレスは、凝った刺繍で全体を引き立て、ふんわりと広がった裾をネイアが少し持ち上げている。
「花嫁衣裳・・・・だな。」
「ウエディングドレスだなあ。」
もちろん、これがウエディングドレス、という決まりきった意匠があるわけではない。
王侯貴族ならば、もっとそれぞれの国に伝わる正式な地方色、民族色豊かな衣装が、こういった式での「正装」と見なされることが多いし、あるいは、水色がすき、ピンクがすきと、単純な好みでドレスを選ぶのも、ミトラやランゴバルドのような大都市ならば当たり前のことだった。しかし、ルールスのドレスは「誰が見てもウエディングドレス」という芝居ならば、必ず花嫁を演じる役者が着るであろう、また、絵本のなかで、結婚式のシーンがあれば必ず、花嫁がまとうザ・ウエディングドレスの典型だったのだ。
「こんなものをシラフで着てられるかあっ!」
泣きわめくルールスを、はいはいどうどうと席まで運ぶネイアはある意味手馴れたものであった。
というわけで、もともと誰にも祝福されぬ結婚式は、厳粛であることさえ、許されず、バタバタと始まったのである。
式の段取りとはどんなものなのだろう。
アキルは、オルガに尋ねてみたが、彼女も首を捻った。
「銀灰では、優秀な子が得られるか
どうかがすべてだからな。養い親というものはあって、それが当たり前の国での親に当たるのだろうが。」
「えーっ? ほんとのお母さんやお父さんは?」
「次の子を産むための準備にかかる。とはいっても女性の場合は休息期間がある訳だが。」
オルガは、アキルの視線に気がついて、咳払いしてから続けた。
「まあ、そこいらは、特に優秀血統をもつと言われる王侯貴族の一部だけじゃな。
あとは、そんなに大きな違いはない。
それぞれの信望する神様に、結婚の報告と祝福を依頼し、その後は、新郎新婦のお披露目をかねた宴会が、開かれる。列席者はお祝いを兼ねて祝儀をわたすのが通例た。」
「オルガっち!
どうしよう、わたしお金もってないよ!」
「まあ、異世界ではない習慣かもしれないが」
「そ、そうなのだ。結婚式にご祝儀持ってく、習慣などないのだっ!」
ウソだ、な。と、オルガは思った。
忘れてたのを誤魔化してるだけだ。
それにしてもここには、受付もなく、参加者をチェックするものもいない。
来たものから空いた席に座り、美しい聖女が料理と酒を運んでくるのを嬉々として腹に収めはじめる。
「そ、そうだ。かみさまっ!」
と、アキルが叫んだ。が、喧騒のなかで無視された。
「祝福を与える神様が必要だよね!」
と、アキルは腰を浮かすのだが、冒険者学校の制服のままで、おまえは何をするつもりなのだ。
オルガは、アキルを座らせると、首を振った。
「おまえは人間なんだぞ。
それに、ヴァルゴールに祝福される結婚式など、きいたことがないわ。」
「いや、わたしは『契約と隷属の神』」だよ。びったりじゃないか。」
「なら、おまえはこの結婚を祝福してやるのか?」
「うんにゃ。ぶち壊す。」
「なおさら、でるな!」
そう言えば、とアキルは考えた。使徒だってあれだけ数がいれば結婚してるやつもいるはずなのだが、一度も光臨を要望されたことがない。
けっこう、アレか。
拝む内容で、神様を使い分けてやがるのか。
先にも述べた通り、席はバラバラだったが、ほぼ埋まりつつある。
黒いドレスに身を包んだザザリが、グランダ王たちとともにはいってきた。
アウデリアとクローディア大公も一緒だ。アウデリアは鎧のうえからマントを羽織ってそれで終わりのつもりらしい。
ドロシーが駆け込んできた。
ウエストの締まったドロシーはきっとパーティドレスだって似合っただろうに、アライアス家の侍女服のままだった。ロウ=リントはドロシーをエスコートするように、腰に手を回して、こちらは男装だ。
呆れたことに、リウがやってきた。
アモンに連れられて。
まとった豪奢な服はかつての魔族の国の礼装。ただし、今のリウの体格に合わせて調整されている。
まるで、童話の世界から抜け出てきたような美少年っぷりだった。
しっかりと腕を組んだアモンは、彼より頭半分背が高い。
こちらはお気に入りの、水着のような肌にピッタリした衣装の上から、「神竜騎士団」のロングジャケットを羽織っていた。
リウは、ザザリの手招きで、グランダ王と一緒の席に座り、アモンは、ケケケっと奇声を上げながら酒を煽るルールスの向いに腰を下ろした。
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