第491話 銀雷の魔女は誘惑する


ルトは、目を開けた。

目の前に、白い女の顔がある。顔色が良くない。

無理やり笑ったように見えた。


「ルト、気分はどうですか?」

「大丈夫。何時間くらい寝てた?」

「ルトが、何時に帰ってきたか、によります。」

「明け方、大聖堂跡で、ギムリウスとやり合った。20分くらいかな?

それから、ここまで転移で送ってもらったから。」


「なら、5時間くらいでしょうか。いまはお昼前です。」


起きようか、と手を伸ばしたルトに、おおいかぶさるように、ドロシーは体を重ねた。

するりとガウンをぬぎすてると、下はギムリウスのボディスーツに似た上下続きのからだにピッタリした、いや、ただの下着だろう、それ!?


「吐き気はしませんか? 頭痛は?」

「‥大丈夫だ、と思う。」

「わたしの肌の匂いはどうですか? 一応、湯浴みは済ませてきました。」

「大丈夫‥だと思う。」

「よかった!」


ドロシーは、抱きついた。


「よくないっ!」


ルトの体術は、ドロシーの比ではない。

ベッドの下に転げ落ちたドロシーは、頭から床にダイブを決めていた。

うぐぐ。

とうめきながら、体を起こしたが、鼻血を出している。


ルトは呆れたが、とりあえず治癒魔法を使った。

「どうも、助かります。」


「いえいえ。」

と、ルトは答えたが、ちょっと掛けていた毛布で、ドロシーとの間に壁を作っている。


「なにを始めたんだ?」

「け、結婚してしまう前に、」

ドロシーは、悔しそうに言った。

「結婚してしまうと不倫になるので。その前に、なんとか。」

「それもまずいと思うんだけど。」


「いえ」

ドロシーは真面目に言った。実際にドロシーは真面目な学生だったし、西域の法律にはルトより詳しい。「道義的には不味いのは分かりますが、婚姻関係の継続を保護する法律からすると、婚約中のカップルはその対象にはなりません。

つまり、ルトとわたしが今、なにをしても、これを罰する刑罰はないのです。」


すごいことを言い出したものだ。

ルトはちょっと呆れてドロシーを見やった。

思い詰めた表情ではあるが、冷静だった。つまり、ドロシーの言うことは、一応、そういう理屈もなりたつ、ということなのだ。


「それにしたって」

「ふつうなら、こんなことしません。」

ドロシーが、ボディスーツを脱ぐと同時にルトの毛布を被された。


「だって、フィオリナさんのアレは、普通では無いでしょう?」

「そもそも、フィオリナは普通では無い。」

「そんな、惚気られても」

「いまのの、どこが惚気けたように感じられたのかな?」


「みんな、てんでにルトくんの結婚阻止に動いてます。」

毛布を被ったまま、ドロシーは言った。

「さっきのギムリウスは、ぼくを魔王宮に拉致するつもりだった。」

「ロウさま、情報ではアウデリアさまは、直接フィオリナさんに仕掛けるみたいです。単純明快な病院送り案。」


ドロシーは怪訝そうな顔をした。

「あれ?

心配はしないんですか?」

「フィオリナはリウと一緒にいる。」

「なら、無茶はしないと?

しますよ、アウデリアさまは。」

「さすがにアウデリアさんもリウとフィオリナの2人がかりじゃ勝負にならない。」

ルトは言った。

「つまり、アウデリアさんが仕掛けても、二対一では、力が違いすぎて、生命のやり取りまでは、発展しない。」


いや、とルトはむずかしい顔をした。

「そう楽観も出来ないか。三人とも自分の戦いとなると、まわりに迷惑が掛かっても気にしないタイプだ。

せっかくのいいホテルが。」


やっぱり行ってみよう、と立ち上がりかけたルトに、ドロシーは毛布を投げつけた。


「わたしを置いてどこに行くんですか!?」

「頼むから服着て?」

「みんなは、ルトの結婚を止めるために動いてますが、」

ドロシーは、流石に恥ずかしいのか、胸もとを手で隠し、わずかに頬を紅潮させて言った。

「わたしは、少し違います。結婚はしたいなら、そうすればいい。

ルトくんもフィオリナさんも止めれば止めるほど意地になる人だから。

でも、せめてこれだけは。」


「どういう」

「フィオリナさんとは、対等な立場で結婚してほしい。むこうは浮気し放題。いや、浮気じゃなくって、あちらが本気かもしれません。したい放題じゃないですか!

だったら、ルトくんも同じことをして、対等です。」

「それは」

ルトは、今度はベッドのシーツを投げつけた。


どんな抵抗だと、彼自身思うのだが、素っ裸(正確には、靴下は履いていた)の女の子を目の前にして、あまり問答するべきではないのもわかっていた。

「だから、ぼくはまだ、そう言うことが出来ないんだって!」

「はいはい、前に聞いてます。いまでも無理して身体を成長させてる状態なんですよね?

でもルトくんは、充分10代半ばくらいの男の子に見えます。

そのくらいの歳の男の子がどんなものかは、わたしだってわかります。

数年前までは、そのくらいの女の子でしたから。」


ドロシーは手を差し伸べた。シーツがずり落ち、白い裸身が露わになった。


「今だけ、フィオリナさんのこと、忘れてわたしに、溺れてくれませんか?」

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