第490話 斧神と魔王

フィオリナは、ベッドのシーツを裸身に巻き付けながら、飛び上がった。


「上等!」

目が怒りに燃えていた。

「クローディアの家名など、リウのキスいちどの価値もない!

こちらから願い下げだ! ただし、その戯言をほざいた舌は餞別にもらうぞ、アウデリア!」


抜いた魔剣は、リウから貰ったもの。

なまえはいまだ知らされていなかったが、風の属性をもつ。

風魔法をよくするフィオリナには、ぴったりの剣だった。


わずか数号の打ち合いで、ホテルの部屋は損壊した。調度品がどうの、ドアに傷が、というレベルではない。

隣部屋との壁はアウデリアの斧の一閃で吹き飛んだ。


そんなことは気にしていない。

と言うより、もともと両手持ちの大斧を携えていた今回のアウデリアは、その軌道上に何があるかなど、最初のから考えてもいなかっただろう。


そして、壁もドアも天井も、フィオリナの剣は烈風を生み、全てを切り刻んだ。

こちらも、周り全てをむしろ、破壊したくて堪らないかのようだった。


ミトラ最新のホテルは、内部から爆散するように吹っ飛んだ。

実際になくなったのは、フィオリナたちの部屋と隣のギムリウスたちの部屋だけだったが、もはやその一角は、つかいものにならないだろう。


風を巻いて、フィオリナは空中に浮かんだ。


そのフィオリナに、ベランダから飛び出したアウデリアが斧を振り下ろす。

もちろん、さすがに両手持ちの大斧とはいえ、届く距離ではない。

ただが、振り下ろしたと同時に、稲妻が走った。豪雷は、フィオリナを打ちのめす。

たまらず、通りに叩き落とされるフィオリナは、歩道の石畳にバウンドして、露天商が果物をならべていた屋台に突っ込んだ。

白昼の繁華街である。

突然のホテルの爆発。破片と、ひとが降ってくる惨状に、ひとびとは逃げまどった。


「クソっ」

至高の美貌にふさわしくない罵りをあげて、フィオリナは身を起こした。

その細い体に振り下ろされる斧の一撃。

リウの剣がかろうじて間に合い、それを防ぐ。


「自分の娘を殺す気か。」

呆れたように、魔王は言った。体格はアウデリアが倍はあるだろう。

腕の太さなどはフィオリナのウエストくらいはある。だが、ギリギリと噛み合う斧と長剣は微動だにしない。むしろ、体重を乗せて押し込もうとするアウデリアに比べて、片手で剣を握るリウに、余裕すら感じさせた。


「これが死ぬタマかよっ!」

「いや、ほんとに」


シーツを巻きつけただけのフィオリナが、アウデリアの腹に、そっと掌を押し当てた。

体内に震動を送り込む技は、ルトと開発したものだった。

アウデリアの体が、ホテルの壁に叩きつけられた。

壁にヒビがひ入り、体内を駆け巡る震動に、アウデリアが吐血する。

すかさず、リウが斬り込む。アウデリアは頭を下げた。


並の剣なら後ろの壁が邪魔をして止まる。だが、この少年の使う剣は、全てが魔剣だ。

壁ごと切り下ろして、アウデリアの肩を血しぶかせた。


リウの魔剣。反りをもった片刃の剣は、踊るように、アウデリアの周りを走った。

剣戟ではなく、ダンスを見ているようだった。


アウデリアの斧も凄まじい速さで、それを迎え撃ったが。

この距離ではリウの剣に部があった。

全身から鮮血を噴き出して、アウデリアは崩れ落ちた。

その上に、ホテルの壁が、天井が、崩れ落ちる。


そこにフィオリナの容赦ない光の剣が炸裂する。


憤怒の形相で、光の剣を放つフィオリナの、体に巻きつけたシーツが、爆風で捲れ上がった。下着は付けていない。

形の良い足が、お尻が露出されたが、幸いにもそれを眺めている余裕のあるものはいなかった。


ホテルの一角を完全に瓦礫の山とかし、アウデリアが埋もれるまで、それは続いた。

救護を求める宿泊客。辺りを歩いていただけの通行人も、派遣に頭を打たれて倒れたもの。爆風に吹き倒された者もいる。


どうなの?

フィオリナは、裸体にシーツを巻きつけただけの姿で、リウを振り返る。

わたしは魔王の花嫁に相応しいわよね?


リウは、苦笑してその手を取った。

二人の姿が、空中に現れた青銅門に消えてから、ようやく救護のものが駆けつけた。


ルトをアライアス邸まで送ったギムリウスもこのとき、戻って来ていた。

彼は、迅速かつ的確に。

ホテルに取り残された人々を、転移で救出して回る。

さらに、損傷の酷いものには、体内の器官を一部代行する小型の蜘蛛を差し込んだ。


この事件が死者なくして終わったのは大部分、ギムリウスのおかげといえた。



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