第489話 堕魔王と残念姫の朝

フィオリナは、白い裾の広がったドレス姿の自分を姿見の映している。

いわゆるウェディングドレスだった。

ルトの指定した結婚式は、今宵、日付が変わる頃にせまっている。


衣装はレンタルだ。

歴史的にみても、王侯貴族がレンタルドレスで式に臨むのは希なことである。

もちろん、様々な事情、例えば戦場で急遽、式をあげなければならない場合、亡命先で無理やり嫁がされる場合、例外はあろう。

だが、その場合な、平服に野の花を1輪飾ればそれでよし、とされていた。

こともあろうに、街の「ドレスをオーダーする資力もない」商人の真似事をしなければならないとは!

だが、ドレスは高級な生地でもなく、こった意匠もなかったが、フィオリナにはよく似合っていた。

花嫁がもつべき、華やかさも、凛とした風情も、フィオリナは生まれながらにもっている。


それでも、姿見を見つめるフィオリナの表情は、あまり冴えない。

肌は綺麗だし、均整はとれているが、ドロシーやリナにあるようなアレがない。


いや、胸がどうのという卑小な話しではない。

あんなものは、どうせ、どんな顔面の下についてるかで、評価が変わってくるのだ。


もっと全体的な、セックスアピールの話だ。

思えば、フィオリナはルトとの婚約が早かったせいか、王立学院ではそんなにもててはいなかったとおもう。

どちらかと言えば、ミュラのような女生徒からきゃあきゃあ言われていたほうだ。


(ハルト王太子から婚約破棄のときに、庇ってくれた辺境伯の息子たちのことなど、まるきりフィオリナの念頭にはない。)


根本的に色気に乏しいのは、自覚している。

だから、リウの視線が好ましい。世界を踏み躙った魔王が自分に熱い視線を向けている。


「似合う?」

「ああ、美しいぞ、フィオリナ。」


その視線は熱いが濁っている。

酒と。

あるいは、ルトに対する態度を誤ったことで、その信頼を失ったことを反省する部分もあったのだろうか。


フィオリナに惹かれたこと?

それは、天地開闢より定められた法則、絶対の真理である。真実の愛に、反省することなど認めない。


フィオリナは、少し肩紐をずらして、胸もとを見せた。

リウがチラリとこちらを見た。

そのまま、先端の突起が見えるまで、布地をずらして見せる。

リウは、困ったように視線を逸らす。

かわいいっ!

フィオリナは、思った。


ルトだったら、どうだろうか。

たぶん、彼は、単純に困るのだ。彼の体には、そういうふうなまだそういう機能はないのだ。


「どうなの?」

フィオリナは、ふわりとリウに覆いかぶさるようにその膝に、向かい合わせに座った。


鼻先に胸元を押し付けるようにしながら、するりと上半身から布を落とす。

自分が男性のときなら、これだけで、体が熱くなる。

相手のこと以外、なにも目に入らなくなる。

リウはどうだろう。


フィオリナは、生まれて初めての「行為に至る駆け引き」を心から楽しんでいる。自分が男性のときには、こいつに散々焦らされた。


彼が、目を合わせないようにうつむいて、フィオリナの肩をそっと押しやった。


「リウ!

女性のわたしは、あんまり魅力がないのかなあ?」

「バカを言え!」

野生的な美貌の少年は怒ったように言った。

「おまえは、男性でも女性でも美しい。」


「それなら」

「ドレスはレンタルだろう。」

大公姫が披露宴に、ホテルのレンタル衣装で臨むのは、という意味も込められるいたが、フィオリナは、単純に汚したらまずいという意味にとって、勢いよくドレスを脱ぎ捨てた。

(こういうところが、色気不足と言われる所以なのだが、フィオリナ自身がそれに気づくのはずっと後になる)

引き締まった裸身は、わずかに筋肉の繊維を浮かび上がらせた、若々しさと健康美にあふれていた。


「リウ、もういちど、試してみよ? ね?」


こういう直線的なところが、色気不足と(以下略)


「そうだな、確かにルトの呪いは性別を戻したことで解消されているはずだ。」

リウは、フィオリナを抱き上げた。

きゃっ、と叫んでフィオリナは、リウの首に手を回そうとしたが。


そのまま、ソファに投げ出された。

リウの、これだけは、風呂か就寝以外は手放さぬ腰の剣は一閃。


落ちかかる斧と、凄まじい金属音をたて、噛み合って止まった。



アウデリアのえみが、目の前にある。



「義母上殿。ずいぶんとこちらの婿には手厳しいご様子で。」

「いやいや。

娘を折檻しにきたら、邪魔者がいたのでついでに叩き切るだけよ。」


「アウデリア!」

「よう!

我が娘いや息子かな。どちらでもいい。わたしは、この淫魔がおまえには似合いだと思う。

すでにクローディア家はおまえを廃嫡した。跡はアイベルが立派に継ぐだろう。

ルトは、リアと婚わせる。互いに好意を抱いているのは明白だから、おまえらがいなくなればそれで全て、治るところに治るさ。」


ふざけるなっ!

憤怒の形相で、フィオリナは叫んでいた。

わたしはクローディアの嫡子で、ルトは、わたしのものだっ!


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