第488話 道化

ギムリウスは、驚愕した。

違う。

神獣ギムリウスが友にするに相応しい。「試し」を通過した友人だ。

だが、これは。

呪い剣グリムは、ルトの剣の一撃で砕け散った。グリムは、不可侵性をウリにした魔剣ではない。

とは言え、魔力も付与もかかってあない鉄の剣なら、ギムリウスがふるえば、それごと両断できる程度のキレ味はもっている。

そのグリムを。

まるでヤワな陶器のように砕き、そのままギムリウスの腕を切り裂き、肩口まで深い傷をつくった。


飛びのこうとしたギムリウスの、お気に入りの入院着の胸元を、ルトが掴んだ。足を払われたが、倒れはしない。ギムリウスには、ほかにも脚がある。

不安定な歩行しかできない人間とは違うのだ。


背中につづけざまに直撃したのは、光の矢だった。

そんなもの!

踏ん張って耐えたが、身体が前のめりになったところに、ルトに膝が鳩尾に突き刺さった。

外見は人間そっくりでも呼吸器や消化器官などは必ずしもそっくりなわけはない。

だから、鳩尾など急所ではないのだが。


膝の当たったところから、なんとも不快な振動が全身に伝わり、ギムリウスは飛びのこうとした。

そう。

すべての脚を地面から離して、後方に跳躍しようとしたのだ。


今度こそ。ギムリウスは地面に倒された。


いや。なんだこれは。

いくらなんでも強すぎる!!


無事な方の手で抜いたグリムは、柄本から切断された。

そのまま、ルトの剣は首元に。

刃先を食い込ませたところで、止まった。


「ルト!」

ギムリウスは純粋に驚いていた。驚愕していた。

恐怖は、ない。なにしろこれは義体である。倒されても意識は本隊に戻るだけだ。

「あなたは、そんなに強いかったのですか?

失礼ながら、あの色ボケ魔王のリウより、いや」

ギムリウスは、戸惑ったように口ごもった。

「いえ、まともなときのリウより強い。いったいいままでの道化っぶりはなんだったのです?

実力を隠してした、ということですか?」


「ぼくが?」

ルトは不思議そうに首を傾げた。

体調は万全からは程遠い。

「そうか、この剣のおかげだよ、ギムリウス。」

ルトは、呪剣グリムを粉砕し、また両断した黒い短剣をかざして見せた。

片刃の反りをもった剣は、いかにも禍々しく、柄の部分は蛇の尾のように少年の手首に巻きついていた。


「ニーサカーダ」

ギムリウスが呆然と呟くと、波紋に蛇の目がうかび、ウィンクをしてみせた。

「ユーモアの感覚もあるんだな。」

ルトが感心したように言うと、ギムリウスが

「リウが魔族戦争前から、従属下においていた神獣です。どうして・・・」

「飽きたので主をかえてみた。」

剣の発した声は、男性とも女性ともつかない。若いのが老いているのかもわからぬ。

「どうした?

自らしゃべったのは、久しぶりだがそれほど驚くものではあるまい?」

「あなたがリウ以外のものに、従属することが驚きなのです。」

ギムリウスは、ルトに、というより、この魔剣、カーサニーダに壊された腕を修復しながら言った。

「およそ、自らの意思を殺し、魔剣として存在してきたおまえが。」

「出自がその後のすべてを決めるものでもあるまいよ。正直、あの魔王殿にはタイクツしていたのも事実。この得体のしれぬ少年に期待をさせてもらう。」

カーサニーダはそれだけ言って、目を閉じた。


「というわけで、」

ルトは、カーサニーダの剣をしまって、ギムリウスを抱き起こすと、照れくさそうに笑った。

「ぼくが手強かったのは、リウの魔剣を盗んだおかげであって、ぼくが強くなったからではないんだ。」


ギムリウスの細っこい身体を抱きしめるようにして、ルトは、ありがとう、と小さな声で言った。

「とりあえず、迷宮引きこもりは勘弁して欲しい。」

「わかりました。」

と、ギムリウスはそう答えるしかなかった。

ギムリウスに、ルトを圧倒して強制的に拉致する力がない以上、しかたない。


ルトを転移でアライアス邸に、送ってから、ギムリウスはふと気がついた。

リウの剣を奪ったから、リウより強いのなら。

もともとリウより強いのではないか。


ギムリウスは、庭から、ルトが仮眠をとるといってあがった三階の部屋を見上げた。

そこは、朝日に照らされて、静まり返っていた。


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