第487話 神獣は恋をする
ルトを殺すなどもってのほか。もとより、傷つけるつもりもない。
だから、ギムリウスが、展開したのは「糸」だった。
今まで、ルトたちの前では見せたことがない。元々のギムリウスは、城塞並みの巨体で、糸など吐くより、巨体と広域破壊魔法で、なんとかなってしまうのだ。
擬態の方は、寝るときは可能な限り、「巣」は作っていたが、攻撃に糸を使ったことはない。
だからこれは、ルトの意表をついたはずだ。
だが、彼の体を拘束するはずの糸は、一瞬で全てが切断された。
瓦礫から瓦礫へ。
身を隠しながら、移動するルトにギムリウスの額に開いた目から、怪光線が発射される。
巻き上がる瓦礫。だが、ルトはそこにはいない。
これほど。
ギムリウスは、感嘆した。
年端もいかぬ人間の子どもがここまで使うのか。
ギムリウスの頭上に、光の矢。ギウリウスは全ての脚を展開して走った。
光の矢は、数を数えることすらできなかった。傘を持たぬ旅人が、全く無駄を解っていても雨に濡れることを嫌って走るように、走った。
接近戦に持ち込む。
ギムリウスの次の手段は、呪剣グリムによる攻撃だった。
かすり傷でも激痛を与えるグリムならば、重傷を与えなくても戦闘力を奪うことができる。
ルト。済まない。少しの間、痛みに悶え苦しんでいてください。魔王宮のわたしの巣についたら、すぐに傷の治療をする。
美味しい食べ物もある。少しの間、二人きりで居よう。その間に全てが良くなる。全てが終わる。わたしが終わらせる。
それが、愛の告白にも似ていることに、ギムリウスは気がついていない。
あれほど憧れた人間に、幻滅して離れようと決意した瞬間に、その人間の感情を我がものにしていたことに。
ルトは、舌打ちをした。
光の矢の雨で、仕留められるとは思っていない。
だが、傷ひとつ与えらないとは。
神獣ギムリウスは、並の神獣ですらないのだ。
本体ではない。「コミュニケーションのツール」である義体であってもこれほどに。
瓦礫から瓦礫へ。隠れて移動したつもりなのに、もう見つかった。
しかもあっという間に距離を詰めてくる。
ギムリウスの手に、白い骨剣があった。わずかな傷でも激痛を与える。
年を経た蜘蛛の神獣の骨から削り出されるという魔剣グリム。
簡単に手に入る代物ではなかったが、ギムリウスにとっては例外だ。
なにしろ、自分の体から作れるのだから。
再生力から考えたら、最もコストのかからない武器だ。
ギムリウスの剣技は。
不安定な二足歩行の人間にはあり得ない滑るような動きから、こちらの攻撃をいなす。
切り付けたつもりでも、差し貫いたつもりでも、同じ速度で周り、後退し、攻撃を受け付けないかのように動く。
その動きは、人間を相手に技を組んだ人間の剣法では、対応できない。
ルトが距離をとろうと、下がる。その速度より早く、ギムリウスがその背後に回り込んだ。
これで終わり。
と、ギムリウスは思った。
これで終わりだと思ってるだろうな。
と、ルトは思った。
かろじて放った斬撃は、確かにギムリウスの肌にふれた。
だがまるで滑るように、肌を傷けることなく、すりぬける。
斬撃と同じ速度で、ギムリウスは移動する。
ルトほどの技巧をもってしても、いや、人間が剣をもってこの動きをとらえることは不可能ではないか。
ギムリウスがこの義体にそなえた能力はこれだった。
高度な再生能力はもつものの、巨体の耐久性は失われる。
ルト。
怪我は最小限にしますから。
そんなことを考えながらその首筋に、まっすぐにグリムを打ち込むので、やっぱりギムリウスは人間をわかっていない。
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