第480話 駆け出し冒険者の長い夜

あまり深刻な話しにならないように、ぼくは慌てた次のメンバーを紹介した。

「彼女はリア・クローディア。

クローディア大公家の猶子で、グランダ王立学院の、学生です。」


「ち、ちょっと、ルト!」

慌てたように、リアがぼくを引っぱって耳打ちした。

「そんなに簡単に、わたしたちを『踊る道化師』にいれちゃっていいの?

パーティなんてせいぜい六名構成じゃん。」

「それは諦めた。」

ぼくは目を丸くするリアに続けた。

「『踊る道化師』はクランに近いような組織にする。そのなかで個別にチームを、組んでもいいし、ソロで活動してもいい。」

「じゃあ、わたしは『踊る道化師』には加入できたけど、ルトとわたさが一緒に冒険に出られるかは未知数ってこと。

まあ、いいや。」

リナはにっこりと、笑ってガルフィート伯爵たちを振り返った。

「リア・クローディアです。

もともと、下町育ちなのでカーテシーはご容赦ください。」

「ヨウィスという。」

小柄な影は陰陰と自己紹介を勝手にはじめた。

「グランダ魔道院で生徒兼学院長の秘書だ。」


「見事な人材を揃えましたな。」


ガルフィートはまんざら世辞でもなくそう言ってくれた。

「これから、瓦礫を撤去する作業に入りたいと考えております。両閣下はこの許可をいただけますでしょうか。」

「かまわない、と言うより願ったり叶ったりだ。しかし、ルト殿。」

ガルフィート閣下はいぶかしげに、ぼくの顔を覗きこんだ。」

「顔色が、よくなさそうだ。食事にもあまり手をつけていらっしゃらないと報告もうけている。

戻ってまずは、休養をお取りなされ。

カテリア!」


はいはい。

と、抜き身をひっさげたままの伯爵家令嬢が現れた。

「ルト殿をアライアス殿の屋敷まで送ってくれ。そのあと、食事のお手伝いをし、眠りにつくまで見守ってくれ。」


何でわたしが。

うん。

そうは思うがはっきり口にだすなよカテリア!


そんなこんなで、十分後、ぼくは、というかぼくとカテリア、それに勇者クロノは、ガルフィート家の馬車に揺られていた。

残りのものたち。

ドロシー、アキル、オルガ、ミュラやヨウィスは、別の馬車を立ててもらっている。

いずれアライアス邸で合流の予定だ。

ロウの姿は見えないが、何せ、吸血鬼さまだ。飛行制限のないミトラの空なんか、自分の庭に感じているだろう。実際に、路地をいくつも回るより近道なことも多いだろうし。


「全く何がどうなっているのか。」

カテリアは、ボヤいている。だが、ぼくとしては、彼女を少し見直しているくらいだけど。

少なくとも彼女の剣は、ゴウグレの作った変異タイプの蜘蛛にも通じていたし、後から後から湧いてくる敵に対して、戦い続けるというのは、こころが折れやすいものなのだ。

それでも、彼女は最後まで戦い続けた。

少なくとも、戦いという点においては、アキルなどよりはよほど役に立っていた。


もっともアキルはアキルで、ゴウグレを呼び出して、説得するという大功績があったわけで、これは改めてお礼を言おう。


「ギムリウスはどうしてたんだい?」

と、クロノが効いた。女好きの伊達男は、まるきりバカというわけではない。しかもまだまだこれからが技も魔力も成長期だ。一応、階層主の『試し』は終わっているから、超一流の戦士なんだろう。

つまり、ギムリウスも彼が、何か頼んだら一応、話は聞くだろうと思う。

言うことには従わないかもしれないけど。

邪魔で排除する時も、やたらに殺したりしないように細心の注意を払うんじゃないか、と思う。


「連絡がつかなかったみたいだ。」

ぼくは答えた。


モノが蜘蛛の魔物なら、もちろんロウ=リンドあたりは、自動的にギムリウスを疑ってかかるだろう。だが、ギムリウスは、連絡がつかず、転移陣を守る変異種のヤイバからゴウグレの名を聞き出したアキルが、機転をきかせて、ゴウグレを説得しなければ、被害はさらに拡大していただろうと、思う。


「ルト、伯爵も心配されていたが、ひどい顔色だぞ。何があったのだ?」


「クロノもぼくをウォルトじゃなくて、ルトだと認識してくれてるわけですか?」


言われて、クロノは妙な顔をした。

「確かに・・・・きみはきみでしかないのに、全くの別人だと感じてた。しかし、ウォルトがルトで安心したよ。」

「安心、って?」

「きみの歳で、ぼくを手玉に取るような使い手がそうそう何人もいてもらっては困るってことさ。

これでも勇者なんだからね。」

「安心なんてしてる場合じゃないでしょ。」


まあ、フィオリナの浮気のことから話を逸らしたかっただけなのだが、そんなことをこの勇者どのが言うので、ついつい口調が厳しくなったかもしれない。


「人間に限っても、今のクロノを凌ぐ相手はたくさんいますよ。勇者なんだから、せめて人類最強を目指してください。」

「それはそうなんだけど。」

クロノは困ったように言った。

「それについては、一度、リウやウィルニアと話ができないかな。どうも強さを目指すってことに心と体が拒否反応を示してるんだ。」



アライアス邸は、ぼくらのために晩餐会を用意してくれていた。

大聖堂を守るために、ご奮闘ありがとう、という訳かもしれない。だが、その元兇となっているぼくは、そちらは失礼して、温めたミルクとスープ。それにパンを浸しながら、少し食べた。


吐き気は治まっていたが、すぐにお腹がいっぱいになった。

カテリアは、寝室までぼくを送ると言っていたが、ぼくは固辞したし、いざその段になったらカテリアは、飲み過ぎですっかりそれを忘れていたようだった。


晩餐会もはけた、深夜。

ぼくは起き出して、寝室の窓から抜け出した。

面倒くさいことに、寝室は三階で、降りるには魔法が必要だった・・・全く「音」を出さないように魔法を構築するのは、今のぼくには、難しい。


アライアス邸の壁をこえ、路地をいくつか曲がって、ぼくは、また大聖堂の跡地にたどり着く。

瓦礫は当然のことながら全く、手がつけられておらず、月光の下。鎮まりかえっていた。

いくら治安の悪いミトラとはいえ、昼間、蜘蛛の化け物に食い尽くされた現場を深夜に訪れようと考えるものはおらず、ぼくはしばらくの間、瓦礫に腰を下ろして、一人でいることを楽しみながら、夜風に吹かれた。


さて。

どう片付けたものか。

退けるにしても退けるための場所が必要だ。


食わせてしまう。

と言うギムリウスの案は悪くない。

ならばあの緋色の蜘蛛を創造することはできないだろうか。

全く一から作り出すのではない。実際にここで、ほんの数時間前まで活動していた「モノ」をもう一度、出現させるだけだ。

空間が。

時間が。

何より食われた大聖堂そのものが、それを覚えているだろう。


ぼくは、しばらく魔法の構築に集中していた。

だから、ぼくが気がつくより先に、向こうがぼくに気がついたのだ。


「こんばんは。」


青白いケスケイルの月の光を浴びて、佇む美影姿は、名をフィオリナ、と言う。










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