第481話 長い夜

「邪神!!」

そう言ってアモンは、わたしの首根っこを掴んで揺さぶるのだが、やめてくれ。

わたしのこの体は、夏ノ目秋流という人間の女の子なのだぞ。壊れるだろうが。

「斧神!」

アウデリアさんが、杯を上げて答えた。

「真祖!」

はいはい。

と、ロウさまは、わたしとアモンの間に割って入った。


「アキルに当たるのはヤめてよね!

だいたい、ルトとフィオリナをいま結婚させたらヤバいって、わたしらはずっと言い続けてたんだからね。」


「運命神!」

そう呼ばれた若い男は、わたしにも見覚えがなかった。

品の悪いフリル使いは、おそらくグランダだと思う。

全体に線が細く、あまり元気はつらつというわけではなさそうだ。


「ウィルニア殿に呼ばれた。」

男はおどおどと言った。

「確かにわたしは、運命神の現身だ。名をクーレルという。お疑いならクローディア陛下にお尋ねいただければいい。陛下とは以前から知己を得ている。」


「おまえの正体はさておき」

アモンは、集まった私たちを睨みつけた。

「ここで運命の見えるものが全部、ルトとフィオリナの結婚に反対している。間違いないな。」

「空白だぞ。」

運命神が、念を押すようにいった。

「本来あるべき、物事やなら、悪いものでもなにかは必ずなにかは、ある。」

彼は大袈裟なひょろ長い手足をバタつかせた。

「だがこの、さきにあるのは空白だけだ。彼らを結婚させてはならない。」


「なら、阻止いたしましょう。」

お気に入りの入院着に身を包んだギムリウスが言った。

「場所をつぶしてもだめなら、列席者をつぶします。」

「いま、ここにいるものは、クーレルを除いてみな列席者だ。」

ロウが冷徹に言った。

「どうやって潰す?

それに結婚式なぞはな。カップルがいれば最低限成立してしまうものだぞ。」


「それについては、ヤホウとゴウグレ、わたしの軍団の最高の叡智をもって検討を重ねました。」

ギムリウスは胸を張ったが、その結果が、大聖堂の大破だと知っている者たちに冷たい視線を飛ばされただけだった。


めげずに、ギムリウスは、分厚い本を取りだした。

紙は紙ではなく、ギムリウスの糸を織り込んだものだ。さらにそこに文字を書いたのではなく、部分的に才色した糸が紙に織り上がる時に文字として浮かび上がるようになっていた。つまり、恐ろしく貴重な材質を恐ろしいほどの手間ひまをかけて、作り上げたものなのだが。

書いてあることといえば。


「大聖堂を食い尽くすよりは、だいぶマシだぞ。」

アウデリアから褒められたギムリウスはうれしそうに、ニコニコした。


「強制的にふたりをバラバラの場所に、転移させてしまい、再会までの時間をかせぐ、というのはアリな手段だ。」

覗き込んだロウも頷いた。

「だが、おまえほどではないにしろ、ルトもフィオリナも転移が使えない訳では無い。

ほんとうに逢いたいと思ったら距離など関係は無いな。」


よって却下。

ギムリウスはがっかりした。



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「いい夜だ。いい風だ。」


美しい影人は、そう言った。風が髪をなびかせていく。

「座る?」

となりの瓦礫をとんとんすると、フィオリナは少し迷った。


「どっしよっかな。」

「リウといるのかと思ってた。」

「どき」

と言いながら、フィオリナは胸の膨らみに手をあてた。


「夜中にほっつき歩いてるところをみると、なんかうまくなかった?」

「・・・・」

「こんどはあっちが勃たなかったとか。」


うぐぐ。

と、いいながら、フィオリナは観念したように、ルトのとなりの瓦礫にこしかけた。


「いい風だ。」

「ああ・・・いい夜だ。」


ふたりの奇人は、そのまま夜風にふかれていた。

まわりに誰もいないふたりだけの世界がある。


「・・・このままが、いいなあ。」

ぽつり、とフィオリナが言った。

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