第479話 瓦礫の山での、再会


「ひどいな。」

ぼくは、ため息をついて、「元」大聖堂あとを眺めている。


あたりは一面、瓦礫の山だ。支えるものを失った円柱がいく本も空に向かって伸びている。

日はだいぶ西に傾いている。長い1日が終わろうとしているが、まだまだやることは残っている。

東側は、まだかろうじて建物として、残っている。そう意味では「全壊」ではないのだろう。

でもそれは意味がない。建物の形が残っていても、中は床も落ち、建物としては使えない。


「ゴウグレ。ここのがれきだけでも、ここからここまでくらい片付けてもらえますか?」


はあ。

と、ヴァルゴールの12使徒ゴウグレが気のない返事をした。


「ギムリウス様からは、わたしの蜘蛛は全て引き上げるように指示がありました。」

「そうだな。それは従わないとな。」


ゴウグレは、確かに邪神ヴァルゴールの使徒だが、神獣ギムリウスの配下でもある。

ギムリウスからそう言われたからには、もうこの石材を食べる蜘蛛は召喚しにくいだろう。


「じゃあ、ぼくらでやろう。なに、アライアス侯爵やガルフィート伯爵を通じて、瓦礫の撤去をお手伝いしたいと申し出ておけば、敬虔な聖光教徒の奉仕活動だということになるさ。」

「それは。」

と、何か言いたげにゴウグレは、アキルを見た。


「もちろん、わたしも手伝うけど。」

「しかし」

「別に、邪神ヴァルゴールが敬虔なる聖光教徒だと思われてもなんの害もないよ?」


「わらわは遠慮させてもらうぞ。」

オルガが、あくびをしながら言った。

「蜘蛛どもを随分とぶった斬った。さすがに我が鎌も、もう命は吸いたくないとさ。

アキルの護衛を任せていいのなら、わらわは先に帰って、風呂にでも入らせもらう。」

「ありがとうございます、オルガ。」


ぼくは頭を下げた。


「しかし、なんでそんなにフィオリナとの結婚にこだわるのじゃ?

フィオリナが一人孤独になってしまう心配は無くなったわけだし、おぬしも一人ではない。」


急に宵闇が濃くなったような気がした。そう、気のせいではない。日がもうくれようとしている。

闇の中で、オルガの笑みだけが紅い輪郭を残した。


「わらわもおるし、アキルもおる。おぬしの傍らにいてともに歩み、ときに戦える者は、もはやフィオリナだけではないのじゃ。」


「ルト殿。」

ガルフィート伯爵だった。自ら剣をとってゴウグレの蜘蛛と戦っていたこの人物は、さすがに疲労困憊の状態だった。

「『踊る道化師』の助太刀、感謝に耐えん。このような事態になってはしまったが、人的な被害はほとんど出ていないのが、不幸中の幸いだ。」


ぼくは黙って、あたまを下げた。

もともと、ぼくがここを結婚式に使おうと言い出したので、こんなことになったのは、ぼくのせいだ。感謝されるのは筋違いだが、実は・・・とことの真相を話す気にもならない。

遅れながら、自分の家の私兵をひきいて駆けつけたアライアス侯爵も一緒だった。

ゴウグレの顔を見て、おお、使徒ミランの件では世話になったな、とこちらも疲労し切った顔ながら、そう挨拶した。


「ギムリウス様に、特殊な変異種の蜘蛛の魔物が出たとの連絡をいただき、参上いたしました。

変異種の蜘蛛は、わたしの専門なのです。ギムリウス様の命により、退散させることに成功いたしましが、到着したのが遅く、甚大な被害が出てしまいました。」


「確かに、ここまでになってしまうと、むしろ、瓦礫の山も食い尽くしてくれた方が、助かるくらいだな。」

ガルフィートはそんな冗談をいう余裕すらあった。なにしろ、大聖堂で勤務していたものはもちろん、観光客にも誰一人、被害が出ていないので、そんなことも言えたのであろう。

そもそも、大聖堂襲撃がギムリウスの指示なのだあったし、変異体の蜘蛛は、ゴウグレが作ったのだが、それをペラペラ語らない「常識」をゴウグレは、しっかり身につけてた。


「おそらく『転移』によるものだろうが、誰がなんの意図で大聖堂を攻撃したのかは、究明せねばなるまい。」

「教皇庁もギウリークも、もっぱら外国に仕掛けるばかりで、自分が仕掛けられた時のことを全く配慮しておりませんでした。

これは、そのことに対する『警告』のように感じます。」

アライアス閣下が思慮深げに言った。

「これだけの力を持つ魔導師ならば、人的な意味も含めてはるかに被害を拡大することができたはずです。あえて、『大聖堂』という建造物にだけ、対象を絞り、人を捕食しないタイプの魔物を送り込んできた・・・・

おまえたちは、非合法な工作を仕掛けているが、自分達も同じことがいつでもできるのだぞ、という警告のような・・・」

「ありそうな読みだな。」


「ガルフィート閣下、アライアス閣下。新たに到着した『踊る道化師』のものを紹介させていただきます。」


いつの間にか、リアとミュラ、ヨウィス、それにリヨンがそばに来ていたので、ぼくは四人を紹介しておくことにした。


「グランダの冒険者ギルドのグランドマスターに就任が決まっているミュラ。」


ミュラ先輩は、膝をついて一礼した。見事に決まっている。そう、礼儀作法の項目では、ぼくもフィオリナも優等生ってわけではなかった。オールマイティの優等生ならば、やっぱりミュラ先輩だろう。


「ミュラと申します。ルト、フィオリナとは、グランダ王立学院で共に学んだもの。現在は、クローディア大公家直属のギルド『不死鳥の冠』のギルドマスターを勤めております。」

「ミュラ殿か。失礼ながら出自は貴族かな。」

「親元は」

笑い方一つとってもミュラ先輩は、上品だった。

「エノーラと申しまして、グランダでは、伯爵位を賜っておりますわ。こちらは兄が跡を摂る予定です。」

「グランダの建国8騎士のひとり、エノーラの血筋でしたか。」

ガルフィート閣下は如才なく、そんなことを言ってミュラを喜ばせた。


「こちらは、リヨン。ランゴバルドの『燭乱天使』のリヨンと言ったほうが通りが良いでしょうか?

リーダーのクリューク氏からいささかひどい扱いをうけたため、我等『踊る道化師』と行動をどもにする事になりました。」


リヨンはぴょこんと頭を下げてから、にやっと笑った。

「カルフィートとは、マダセの動乱依頼だねえ。」


しぶといっ!

その名称を出してもらいたくなかってのは。明らかなのに、ガルフィート閣下は顔色1つ変えなかった。

「燭乱を抜けたのなら、まことに幸いだ、カンバスのリヨン。

このままなら、おそらくは久々に『世界の敵』として認定され、魔物扱いで討伐されるところだった。」

「それは今すぐにでも、やった方がいいんじゃないの?

いまなら、わたしら幹部は負傷者続出で大幅に戦力落としてるから。」


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