第478話 駆け出し冒険者の復讐

「それで、ルトの怪我は! リウの剣ならば一振り残らず、名のある魔法剣だろ?

いくらルトでも、切られて無事で済むわけがない。」


ロウ=リンドの顔色が変わっている。


「話をよく聞くように。」


アモンは、お茶のおかわりを頼んだ。

場所は、「食い倒れカフェ」ミトラミュゼである。

ギムリウスは、少ししょげていた。彼の(正確には彼の軍団の知恵袋ヤホウの)発案である「結婚式会場を潰してしまえば結婚式は行えない」という案がもろくも崩れたからだ。


「わたしの異界は、いかなる攻撃も通らないようになっている。やるとしたら、悪口で精神的なダメージを与え合うくらいだろう。リウもわかっていたはずなのに剣を振るって見せた。どうも女性化してる最中、その前後は、劣化がひどい。あいつは女性の形態に向いていないのではないか。」


目の前には、クローディア大公夫妻もいた。


先代ロデニウム公爵と、二人護衛が、駆け込んできて「ギムリウスを止めないと大聖堂が食い尽くされる」と懇願され、クローディア大公は、以前にギムリウスから託された「緊急の用があるときは使ってください。」と託された魔方球を使ってみることにした。


彼やアウデリアの見立てでは、転移に関する力のある球だったので、てっきりギムリウスを呼び寄せることができるものだと、思っていたが。

効果はまるきり、逆だった。

クローディアとアウデリアを、ギムリウスの元に転移させるものだったのである。


突如、瀟洒な店内に現れた二人の武人に、店内は軽いパニックを起こしかけたが、店主が満面の笑みを浮かべて、彼らを迎えたので、混乱はすぐに収まった。

店主にしてみれば、店が丸ごと買えるほどの金を前払いしてくれる客ならば、どんな来店の仕方でも大歓迎だったのである。


二人は、慌てず騒がず、ギムリウスにミトラ大聖堂の破壊をやめるように頼んだ。

ギムリウスは、理由をきくのを後回しにして、緋色蜘蛛の撤退を命じたが、そのときには、もう大聖堂は瓦礫のやまとなっていたのだ。

そのまま、緋蜘蛛の捕食にまかせていればまだよかったのだが、応援に駆けつけたリヨンが、派手に暴れまくって、柱や荷重を支えていた壁をぶち壊してしまってことが、かえって崩壊を早めたのだ、というのは、後でわかったことである。


クローディアとアウデリアは、ギムリウスに丁寧に、ミトラ大聖堂を壊してはいけない理由を話した。

ギムリウスは、必ずしも納得した訳ではなかったが、恩人であるクローディア大公と、試しの終わった友人であるアウデリアがそう言うのなら、そうであろうと。


「わたしは、いい方法だと思ったのです。」

しょげかえったギムリウスは言った。

「式をあげる場所、参加する者、どちらかをなくしてしまえば、結婚式は行えません。

参加者を殺したり、行動不能にするよりは、大聖堂を壊すほうがはるかに簡単だと思ったのですが。」

ショックのあまり、ギムリウスは焼串ごと串焼きを3本ばかり噛み砕いて飲み込んだ。

「やはり、参列者を行動不能にするほうがよかったのでしょうか。」


「参列者にはおまえ自身も入ってるんだぞ?」

「はい、アウデリア。わたしはわたしを自分では戻れない仮死状態にすることができます。それで十分か、と。」


そうこうしているうちに、アモンがロウを連れて転移してきたのだ。

美女二人の突然の転移に、店内は。


もう慣れっこになったのか特に騒ぎにはならなかった。


クローディア大公たちは、アモンから、ルトたちの顛末を聞き、そして冒頭のシーンにもどる。


「フィオリナたちはどうして居る?」

「フィオリナはふて寝、だ。ウィルニアは自分の結界に閉じこもってしまった。ルトは、大聖堂に向かった。なにかできることがあるのもしれん、とな。」


アモンは、それ美味そうだな、と言って「串焼きの天井積み」を注文した。


「わたしは、大聖堂の瓦礫からとりあえず、話ができそうなやつを拾ってここにきた。

出来れば内輪で話をすすめたいと言ってだ、な。」

「それがわたしか?」

ロウは不満そうだった。


「『踊る道化師』のもともとのメンバーと、フィオリナの両親、娘の浮気話の相談としては、悪い面子ではないだろう。」

「たしかに、リヨン殿やミュラ、アキルやオルガ姫にはことが落ち着いてから『報告』したほうがいいだろう。」

クローディア大公が言った。


言葉を荒らげたりはしなかった。だが、彼もまた深く静かに絶望していた。奇しくも、彼の未来予想はルトのそれと一致していた。ルトと別れた時点で、フィオリナは討伐されるべき魔物と同じ存在だ。

実際に殺しはしない。

なにがあっても娘は娘だからだ。

だが、先を制して、フィオリナの行動を邪魔し続けなければならない。

そうしなければ、世界が飲み込まれてしまう。

血と破壊を好むフィオリナならば、そうなるだろう。

そのときに、新しいパートナーとなった魔王が、その行動を止めてくれるだろうか?


するはずがない!


伝承にある魔王の人となり、また、短い期間だがともに話した、その感触は人の皮をかぶった怪物、だった。


あの二人はまさに、互いにとって理想の伴侶を得ることになるのだ。

「世界」にとっては最悪であるが。


「アモン殿、わたしは、フィオリナを廃嫡しようと思う。」

運ばれてきた酒は、クローディアには恐ろしく苦く感じた。


「それは当然だが、ことはそれで終わらないのだ、クローディア大公。」

アモンはゆっくりと言った。


「確かにそうだろう。

しかし、クローディア大公家の一員でなくなることで、ルト殿は婚約解消をはるかにしやすくなるはずだ。」


「ルトは婚約を解消しないと言っている。」

バキっという音は、アウデリアが思わず、飲みかけのジョッキの縁を噛み砕いた音だった。

「アモン!

ルトはいったいなんだ!?

他人にパートナーを、寝盗らせて喜ぶ新手の変質者か?」

「もし、そうならそうで、理想のカップル誕生だろう?」

アモンが苦々しげに言った。

「どうもこれは、ルトの嫌がらせらしい。」


「嫌がらせ?」

「そうだ。あいつは、これだけのことをされてもフィオリナを直接罰する気はないと言った。

だか、これはなんだ。」

アモンは、歯をむきだした。笑ったようにも、見えたが、クローディアもアウデリアもロウ=リンドも知っている。これは怒りの表情だ。

「ルトの罰は我々全てに向かっている。自分を裏切ったフィオリンドとリウに。面白がって結婚準備を整えたわたしたちに。フィオリナをそのように育てた両親に。

おそらく、彼を幸福にしなかった世界すべてに。

そいつらがもっとも嫌がることが、このままフィオリナと結婚することだ。」


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