残念公子は独り
一人で帰った部屋は薄暗く、最新式の電気照明をつけてもなお、影がわだかまり、空気は冷え切っていた。
フィオリナは、グランダの白酒の瓶を手に取り、そのまま流し込んだ。
喉を焼く強い酒精が、意識を飛ばしてくれるのを願ったのだが、ここまで強い酒だとフィオリナの体は「毒物」として認識してしまい、あっという間に分解。
あとに残るのは、からの酒瓶と寒々しい部屋。一人の自分だけだった。
恐る恐る手紙をもう一度手に取る。
フィオリナとルトの結婚式の招待状だった。
あれほど待ち望んだこの日が、なぜにこれほど禍々しく感じられるだろう。
日時と場所に変更はない。
ルトが、リウの術式に介入して、書き換えた。ルドが指定した日時。
つまり、わたしは。
ミトラの大聖堂にて、両親や仲間が見守る前で。
「断罪」されるのだ。
こんなときでも、フィオリナの頭は活発に活動して、あらゆる可能性を導き出す。
「結婚式」として、準備がすすんでいる以上、行われるのは結婚式だろう。と、すればフィオリナが花嫁に立てない以上、代わりが必要だ。
リアの顔が脳裏を過ぎる。
「これは断罪ですね。」
「断罪です。」
「断罪」
「断罪」
「断罪」
脳裏のリアの顔は笑っている。
代わりに花嫁の席に座るのは、きっとリア、だ。
フィオリナはぎりぎりと歯をかみならした。
父であるクローディア大公は、ルトがお気に入りだ。婿入りという形で、ルトを大公家に取り込むなら、猶子のリアでいい。
フィオリナの整いすぎて怜悧な美貌に比べると、リアの顔立ちは優しげだ。身体のラインも中性的なフィオリナに比べれば、男性がいかにも好きそうな優美な曲線を描いている。
怒ったり、すねたり、落ち込んだり、泣いたり、笑ったり。表情も豊かだ。
ああ!
いっときでもリアを妹のように思っていたことをフィオリナは、心から後悔した。
あのとき、訓練にかこつけてぶち殺しておけばっ!
思わず、声に出して叫んでいた。
「あいつは、リアは、エルマートの、お前の弟のもと恋人なんだぞっ!
そんな不道徳な関係、ありか!」
いや、待て。
みっちり「政治」を仕込まれたフィオリナの脳はフル回転する。
「クローディアのほうはアイベルが継ぐとして・・・そうか、グランダを併合する時に傀儡としてたてるには、ルトとリアをうまく仕える。」
いやいや。
ぶんぶんと、頭をふった。
「それなら、現王のエルマートで十分だろう。クローディアとの婚姻による結び付きを協調するなら、そのままエルマートとリアをくっつけてしまって方がいい。」
そうだそうだ、とフィオリナはひとりで納得した。
「エルマートはいまだって、リアにご執心なんだ。リアだって必ずしもエルマートが嫌いなわけじゃない。身分の差ということで引き離されただけだ。
実際に、魔王宮の第二層じゃ、口ではなんとでもいいながら、仮眠時には手を繋いでいた。」
自分の考えに興奮して、フィオリナはぐるぐると部屋を歩き回った。
「いまなら、リアはクローディア大公家の一員で、エルマートのグランダは、クローディア大公国におんぶに抱っこ。
これなら、どちらにとっても利のある婚姻になる!」
フィオリナはくすくすと笑った。
「そう言えば、エルマートのフィオリナへのご執心はずいぶんと陰で噂になってた。
男って、最初の女の子ってそんなにいつまでも気になるものなのか・・・」
グラッと、フィオリナの引き締まった体がよろけた。
胸を押さえて、そのままソファに崩れ落ちた。
むろん、自分の言った言葉が、そのまま自分につきささったからに、他ならない。
わたしは、リウを忘れられるのか。
忘れるから許して、ではない。
まず、忘れられるかどうか。
あまりにも勝手な自問自答は、瞬時に答えがでた。
忘れられっこない。
あの、視線、あの、唇、ささやく声、肌の感触、女の体になっていたって、忘れられるものではない。
でも、いまのフィオリナは、リウと繋がることはできない。そのための器官は使えなくなってしまって。
ルトは、殺されてもこの呪いを解除しないだろう。
どうすればいいのか?
どうすれば。
「お、さ、さけ」
涙目で、手を伸ばしたフィオリナの手にグラスが渡された。
白酒は果汁で割られていた。これなら口当たりが良く、未成年がのむ食前酒としてもギリギリオッケイだ。
喉に冷たい刺激が走り抜けていく。
炭酸も入っているようだ。
はっはっはっ
息をついて、フィオリナが空のグラスを渡した。
「もういっぱい呑む? ほんとはこんな時には少し体を動かしたほうがいいんだぞ?」
「ごもっとも。」
フィオリナは、立ち上がった。それなら酔っ払う前の方がいい。
「場所はどうする?」
「オルガに頼んで閉鎖空間を展開してもらう。」
いつも気が利いてるな、こいつは。やっぱりわたしの相棒は出来が違う。
とフィオリナは、ニッ笑って。
ぎゃああああああぁあぁああああっ!
やっと自分が、誰と話しているのか気がついたフィオリナは、喉が張り裂けそうな悲鳴をあげていた。
アキルとオルガを従えて。
何事もなかったかのように、微笑む少年が、ひどく痩せてやつれていることに、フィオリナはその時初めて気がついた。
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