幕間6
竜牙のかけら
「もう一度、ゆっくり話せ。」
目の前に浮かぶ巨大な水晶球は、通信装置だ。この「世界」の中にある限り、どこからでもまたどこへでも音と映像を送りまた受け取ることができる。難点はこの装置が必要とする前にも膨大な魔力だ。だがこの欠点を数1000年にもわたって彼らはついに改良することはなかった。
それはあまりにも膨大な魔力をその身に保有して生存し続ける竜という種族の持つ、ある種の傲慢な欠点であったのかもしれない。
画像に写る人影は、道化服を着ていた。濃いメイクをとうしてなお、彼の焦りは明白に伝わってきた。
「リイウー、回線が乱れているのかもしれない。まるでおぬしら『 竜王の 』が、歌の練習をしていてそのために帰ってこれない、と言っているように私にはきこたんだが?」
メイクを溶かして脂汗が、額を濡らしている。
「踊る道化師が」
「それが、注目すべき、冒険者パーティの名であることも理解した。」
「竜王の牙」の長である人物は、ため息をついた。
自分は、相当に辛抱強くなっている・・・移り気で享楽的で揃いも揃って技類なき力を持った古竜の差配をつとめるのは、それが必要だった。
「たしか真祖の吸血鬼がメンバーにいるのだったな。」
「はい、ですがこれは自称だけかもしれません。たしかに高度な魔力をもっていますが、これまでに知られている『真祖』には、はるかに及びません。」
「それに、北のグランダ王国の王子と、クローディア大公国の姫君だったか。」
いずれも歴史ある国だったので、人外の彼らにもある程度、聞き覚えのある国名だった。正確には、クローディア大公国は、この100年ばかり、グランダに併合されていて、最近独立をはたしたのだが、そのまでの過程は彼らは知らない。
「転移能力に特化した存在ですが、かの神獣ギムリウスを奉じる一族もおります。
更に注目すべきは、リウという少女です。
魔王宮でうまれ育ったそうです。まるでかつての・・・」
リイウーが、つばを飲む音が水晶球のなかから、きこえた。
「まるで、かつての魔王のような魔力を感じます。」
「そのうちの2名。グランダの王子とクローディアの姫が結婚するというのだな。」
長は、かたちのよい顎に手をあてたてて、考え込んだ。
「たしかに、古竜の出現は慶事と言われている。おまえたちに参列を要望してもおかしい話ではないな。
しかしそれなら、おまえたちもそのことを私に報告し、許可をとるべきだろう。『竜王の牙』が出かけたまま、帰ってこないというのはただごとではない。
で、話はもどるのだが、
おまえの話では、歌の練習をさせられていることと、それが関係しているのか?」
「そ、その通りです。」
「それはおまえたちが歌いたいと要求したのか?」
「まさか! 竜は歌いませんっ!」
「誰が言い出したのだ。結婚式に参列した竜に、歌を歌わせるなどと。」
「歌については。」
リイウーは、汗をぬぐった。
「アウデリアです。」
「斧神の?」
とんとん。と指が肘掛けを叩く。考えごとをするときの竜王の癖だった。
「なるほど。中原に昔から伝わる風習だな。
式に古竜などそうそう呼べるはずもないので、竜の被り物をした列席者を参加させた。
参列させただけで面白みに欠けるので、出し物として歌の一つの歌わせた。」
「花嫁はアウデリアのむすめなのです、陛下。」
王は目を見開いた。
「ならば、竜の祝福をもって祝うにふさわしかろう。とするならば、問題はひとつだ。
なにゆえ、わたしへの報告を怠ったのだ。」
「それが」
リイウーの滴る汗はいまや滝のよう。
「口止めをされておりました。」
「わからんな。」
竜王の目が細められた。
水晶の投影を通して、魔法をかけることは出来ない、そうされているが、リイウーは、すさまじい圧力に膝が震えるのを感じた。
「アウデリアがそう言ったのか。」
「いえ、『踊る道化師』のメンバーです。」
ふうぅ。
深いため息は、竜王が何かを決断したときのものだった。
「へ、陛下っ」
「その者の首を我が前に据えよ。出来ぬならおぬしらの首でもよい。」
「陛下っ! その者は!」
「神獣であれ、魔王そのものであれ、王の命に叛く牙はいらない。」
「リアモンドさまですっ!」
懐かしい名前だった。
竜王は、玉座に深くかけ直して天井を仰いだ。
神にも等しい力を持つに至った古竜を、ひとは神竜と称する。
だが、彼ら古竜たちのあいだでは、その、意味は少し異なる。
神にも等しい力を振るい、竜王の命にも従わないもの。
それを、揶揄をこめて神竜、と呼んでいる。
「『踊る道化師』にリアモンドさまがいるのです。」
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