第10部 残念姫の顛末

第451話 陵辱

今までの手合わせとは、まるきり違っていた。

まず、フィオリナは、それが楽しくてしかたないわけでは、決してなかった。


魔力の制御はなにも問題がない。オルガの作ってくれた閉鎖空間は、小ぶりで小さな礼拝堂ほどの面積でしかなく、竜巻呼ぶことはできなかった。だから、まずは接近戦を仕掛けたのだ。

もともと、ルトより背は高かったから、こんな戦法をとったことはないわけでもない。


両手には、光の剣。

通常は投射して使い武器だが、フィオリナは顕在化させたまま、剣として使う。

それは人の域を超えた膨大な魔力を消費する。

それは、たとえばボルテック卿をしても躊躇するだろう。

だが、フィオリナは平然と使う。


対するルトは。

いつもなら距離をとる。または歩法で死角に回り込む。

正面からはぶつからない。

だが。


今回は違った。その手には黒い刃をもつ剣があった。


フィオリナは二刀。ルトの剣は一振り。だが、互角に切り結ぶ。

光の剣は、ただの鉄の刃なら両断する。だが、この剣は。乾いた金属音をたてて、フィオリナの斬撃が弾かれた。


「いい剣だよ、これ。」


ルトは弱っている。いつものように距離をとる。その動作もできないほどに、弱っている。


「リウの剣だ!」


フィオリナは叫んだ。真っ向から切り結ぶ。それでルトを圧倒できない。

今までとは違う。

今の彼女は、男の体をもっている。力も強い。手足も長い。


そしてなにより。


「おまえがいなければ!」

叫んでいた。喉が枯れるほどに叫んでいた。

「おまえさえいなければ、わたしはリウと!」


二本の光の剣を投げつけた。

ルトの蛇の剣が、それを跳ね返す間に、ルトの後方に「転移」した。リウからもらった風の魔剣を振りかざす。

これもかわすのだろう。

ルトは、そういつだって、わたしをあしらってきた。

だから、今度もそうするの‥だ。


ルトの一撃が見えなかった。


胸に灼熱が走る。

切られた!


切られた!


ルトに切られた。


構わずにフィオリナは膝をルトにぶち込む。

ルトはこんなとき、どうしてたっけ。

ぼんやりと、フィオリナは思った。衝撃を殺してう後方に飛ぶ?


帰す刀で、すねを切断されている。

まだ、繋がっている。だが、治療しないと千切れる。

床に、倒れ込みながら、光の剣を召喚。ルトを囲むように出現した光の剣は、フィオリナが次の動きを指示する前に、消えた。

全て消えた。


ルトの放った蛇の魔剣による攻撃だった。

それはリウの剣だぞ。

フィオリナは叫んだ。


おまえが、それを使うな! それはリウの剣だ。わたしもその剣も愛しいリウのものだ。


口から言葉はでない。

出るのは、鮮血だけだった。


おまえなどが、わたしの恋人づらをするな。

わたしとリウは愛し合ったんだ。ふたりだけで、交わり、体温を感じた。

おまえにそんなことができるのか。


目の前が暗くなっていく。

それが、出血多量による意識混濁であることに、フィオリナは気づかない。


再び、目を開けたとき、フィオリナの体は明滅する白い光で満たされていた。

飛び起きようとした。脚に激痛。

声を上げようとしたが、声が出なかった。


床に崩れ落ちるフィオリナを、そっと抱き止めてくれた。少年の手にフィオリナは頬擦りをして、泣いた。


“好き、好き、大好き。どこにもいかないで。”

でもリウも好きなの。


声は出せない。肺が損傷しているのだ。だが、言いたいことはわかってくれる。だって、ルトだから。

手は動いた。

ルトの頭を胸に抱き締める。


“あなたがいないとわたしは”

そうだ。おまえがいなければ、わたしはリウと。


そこは、明るい光の差し込む昼下がりのカフェ。

目の前で微笑むリウの口に、パンケーキを押し込む。

同じグラスから、ソーダを飲んで笑い合う。


この少年とそんなことをしたことはないのだ。

わたしは、ルトの、なんだ。


リウとの関係ははっきり言える。恋人だ。

だが、ルトは。


顔をしかめていた。

「治癒魔法の効きが悪い。」


「手伝うか?」

「オルガ。きみの魔法を疑う訳じゃない。けど、ふたりにしてくれ。

これが死のうが、ぼくが後を追おうが、ボクらだけの問題だ。」


「ルトくん。わたしと契約してわたしの力を使いなよ。契約で生じた愛情は、本物のそれとなんのそん色もない。むしろ長続きする。

ルトくんの治療魔法も拒むようなそいつを、欲しいんなら」


「二人だけにしていてくれ。フィオリナが治癒魔法すら拒むのなら。リウと交われないことを悲観して死を選ぶならそれはそれで仕方ない。」


“バカ。ルトはバカだ。”

フィオリナは、耳元で囁いた。

“おまえの友と、男になって交わって、それをやめられないと言ってるわたしを助けるな。

このまま、死なせてくれ。

そうだ。今のおまえには、道化師の仲間がいる。もし、おまえが堕ちても彼らが止めてくれるから。もうわたしはいなくたって大丈夫だ。”


構わずに、ルトは治癒魔法を発動させ続けた。


がふっと、もう一度血を吐いて、フィオリナは、自分で呼吸ができようになった。

割られた膝の骨も治癒している。


「さあ」

「さあ?」

「続きをしよう。」


続き。

フィオリナはぼんやり頷いた。そうだ。わたしはこいつを殺すのだ。厄介な呪いを解いて、もう一度、リウと愛し合うのだ。


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