第398話 たったひとつの正解


「ルトはそれでなんて。」

「ああ」

ドロシーは笑みを浮かべてぐるりと一同を見回した。

その中には、神の化身もいたし、王侯貴族もいたが、一様に黙るしかなかった。


「『ああ、それでいいんだ』って言ってました。

寂しそうだけど嬉しそうに笑ってました。

それから、『ちょっと思いついたことがあるんで行ってくる。』

そう言って飛び出していきました。」


しばらくは沈黙が続いた。それ以外の選択肢はなかった。

普通になりたいと、願い続けた少年へ与えられた解は、「おまえは普通でなくてもいい。」だった。

なんの解決にもならないが、おそらく唯一無二の答えだろう。


「ルトはそれで納得したんだ。」

フィオリナはつぶやいた。

「そりゃあ、わたしはルトが普通でないところもふくめて好きなんだけど。」


ガタッと椅子を倒して立ち上がったその顔は、いままでとは別の焦りに満ちていた。

「なら、わたしが逃げ出したことに、ルトは傷ついている?」


まあ、たぶん。

と、ドロシーが答えた。


「なら、謝らないと。」

フィオリナは悲壮な顔でそう言った。


「あ、わたしからもひとつ」

アキルがストローから口をはなさないまま、言った。

ソーダにぶくぶくと泡がたつ。


何かよう?

こっちはめちゃくちゃ急いでんだけど!

という目つきでフィオリナはアキルを睨む。


「わたしは、あなたたちの結婚に反対。」

しらっと、アキルは言った。

再び全員が、凍りつくなかで、口を開いたのはアウデリアだった。


「理由を聞こうか、邪神。」

「わたしのことはアキルとよんでよ、アウデリアさん。それともわたしもあなたをあの長ったらしい英雄神の名前で呼ばないといけない?」

「わかった・・・アキル。」

素直に、そこは折れたアウデリアだった。

「理由を聞かせてもらおうか、異世界勇者アキルよ。」


午後のカフェタイムに邪神がどうの言って欲しくなかっただけなんだけどなあ、とアキルは心の中で嘆息した。勇者とかつけたら、似たようなもんじゃない。


「先がまったく見えないから。」

「それは、運命とかいう痴れ者のことか?」

アウデリアは牙をむいて笑う。

「そんなものは、踏みつけろ。歩く方向に道はできる。」


「違うんだなあ、斧神。」

アウデリアを見つめるアキルの黒瞳は、夜空の色をしていた。

「悲惨な運命でも苦渋に満ちた運命でもない、ただ単に『ない』んだ。

それは世界の因果律がふたりの結婚を。」

アキルは、周りの有限寿命者どもになんと説明してよいか言葉を探した。

「拒否されている、ちがう、受け入れられない、ともちがうな、そうだな。

たとえば今回の結婚式を例にとろう。ふたりの結婚の意思は固まった、だがなんの打ち合わせも進んでいない。場所も時間も列席者も不明のままだ。」


「つまり、あれか」

アウデリアが言った。

「準備ができていない。」


「そう、その言葉に近い。」

アキルはほっとしたように頷いた。

「わたしはルトくんが残念姫さんと結婚すること、そのものには反対しない。だが、運命とやらが準備が整うまですこし時間を与えるべきだと、思います。」

「おまえから、そんなに人間的な言葉がきけるとはな!」

「あと、ひとを残念姫呼ばわりするなっ。」

(これはフィオリナのセリフだが全員に無視された。)


「わたしは人間だけど。」

アキルは言い返した。

「この体は厳密に言えばもと、わたしがいた世界のものとは違う。こちら用に調整したもの。

でも、わたしの意識は夏ノ目秋流という人間のものだし、夏ノ目秋流はわたしだから。わたしは人間。」


「言いたいことはわかったけど、とりあえずはルトに謝ってくる。」

フィオリナは、そのまま店の外に姿を消した。


「オルガっち。」

アキルが黒尽くめの冒険者に話しかけた。

「ドロシーを追いかけて。周りに危害を及ぼさないように見張って、できるだけ、ルトと合うのを妨害して、それから」

「まず、人前ではガルレアと呼んでおくれ。でもって、“それから”以降は却下じゃ。そんなになにもかもできん。」


不満そうな声だったが、それでも果肉を練り込んだケーキを一口で頬張ると、風のように走り去った。


「さあて」

アウデリアがにやりと、笑って、懐から小型の斧を取り出した。

「護衛が1人もいなくなったところで、宿怨にケリをつけるか?」


アキルは、きょとんとした顔で、アウデリアを見返した。


「いまは、ルトとフィオリナのこと。その次には自分たちの結婚式のことに集中してください。」

「ヴァルゴールが、またまともなことを言った!」

「ヴァルゴールじゃなくって、アキルです。クローディア陛下、あとひとつおりいってお願いがあります。」


「なにかな?」

なぜか、太古の邪神の名前で呼ばれるこの少女に、クローディアはわりと好感をもっている。

のほほんとしたところが、なんとなくルトを思わせるのだ。


「ここの支払いのことなんですが、お願いできませんか?

どうもお財布をもっているのが、オルガっちだけのようなので。」

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