第399話 その結婚、神さまは許しません!


「なんだか、デート気分だね。」

「手をつながないでください!」

「西街区にいってみないか? 服を見たいのだ。」

「それより、なにか食べましょう。これがお上りさんにおすすめ!ミトラグルメガイド200選です。」

「なんで、ルールス先生とネイア先生がついてくるんです?」


コートにスラックスのロウ=リンド。タキシード姿のネイア。男装の麗人2人に、童顔のルールスは、ドレスの上からマントを羽織っている。

それに、小姓姿のルト。

なかなかに、道行くものが振り返る倒錯した魅力のある四人組だった。


ルトは嫌そうな顔ではあるものの、なんとなくルールスとネイアのおかげで気が楽になったように一面もたしかにあったのだ。

ロウを見る目から、猜疑心が消え、口調はいつものルトに戻っていた。


もちろん、護衛もつけずにあるくには、危なすぎるメンツであった。(見かけは!)

単純にお近づきになりたい者も含め、一区画歩く間に接近しようとしたものは20組を超えたが、サングラスの奥のロウの瞳が光ると、ふらふらと立ち去ったり、座り込んで震えだしたり。

そこらは、ロウの思うがままである。

もともと、普通の人間と真祖吸血鬼では、存在のランクが違う。かつて、魔王宮において、ロウは、たんに話すだけで、リアとエルマーとを従属下におとしめた。


同じことは睨むだけでも出来る。


訓練されたベテランの冒険者ならいざしらず、街のチンピラ程度ならば思うがままである。

「爵位持ち」の吸血鬼であるネイアは、羨望の眼差しでロウを眺めていた。


「まずはドレスがいい。既成であうものがあればいいが、そうでないとオーダーしなくてはいかんのだ。」

「ルールス先生はランゴバルドのお姫様でしょう?

なんで、ミトラまで来て、そんなにドレスを作りたがるんですか?」


「誰かさんの結婚式のためだ!」

「わざわざ買わなくてもいいですよっ。もったいない。」


「ルールス閣下はもともとドレスは、ほとんどお持ちではないのです。ルトさま。」

「なんで?

ギウリークの刺客を避けて閉じこもっていたのは、半年くらいだったはず。」

「“真実の目”ですよ。」

ネイアは、言った。

「あとは、冒険者学校の空間維持のためのコアの管理です。学校の外に出る機会はほとんど無かったし、“真実の目”の発光を抑えるために大きなメガネをかけていましたから、おしゃれとは無縁です。」


そう。ルールス校長の“真実の目”は確か、強力な魔道アイテムなんとだけど、ギラギラをy異様な光を放つ。

実際にはその能力を発現するときだけでよいのだが、ルールスの祖先、賢者ウィルニアから“真実の目”を譲り受けた者は、その運用を失伝させてしまっていた。

かくして、当代の“真実の目”伝承者ルールスは、顔の半分を覆う様な分厚いメガネをかけざるを得なかった。

彼女は魔力過多による長寿を得ていたから、もう彼女が、真実の目の継承まえには、それはそれは美しい空色の瞳をしていたことを知る者は、ランゴバルドにも少なかったのである。


それがこともあろうに、ウィルニア自身に会う機会があった。

ルールスは、ウィルニアから“真実の目”の正しい使用法を学び、そして改めて自分自身の人生にデビュタントしたのだ。


他人から見れば彼女は、今のあまりにもわがままな子供っぽさを残した20代の女の子だ。

実質的に彼女がオーナーであった学校の校長を長年勤め、側近といえば、なんでもいつでも言うことを聞いてくれるネイアだけだったのだから、これは無理もない。

今回のミトラで、彼女は半ばどさくさに紛れて、ギウリーク外交部のランゴバルドへの不当な、そして不法な干渉を認めさせた。


どのランクの外交官が責任を取らされるのかは、問題ではない。

不当な干渉が行われたことを、ギウリークが認めたこと、それによって今後、同じようなことが起こりにくくなるだろう。


ということで、ルールスは柄にもなくはしゃいでいるのだ。


「式までにはなんとか時間を作りますよ。」

ルトは安請け合いをした。

「いまは、それよりフィオリナを探したい。

手がかりは、アキル、オルガと外出したドロシーだ。アライアス閣下の屋敷から徒歩圏内で、女の子三人でお茶を楽しめるところってどこだろう。」


「人気があるのは『カフェミトラミュゼ』ですね。」

ネイアが、即答した。


「なんでネイア先生が‥ああ、そのガイド本ですか。」


自分の用意したミトラの観光ガイドが役に立ったネイアはうれしそうに、頬を赤らめた。


「まずは、ドロシーと合流しましょう。フィオリナはきっとそこに現れます。」


ルトの読みは悪くはなかったし、ロウも表立ってなにか妨害したわけでもない。

事実、ドロシーはいた。だが、クローディア夫妻もいた。


店内は、ティータイムにはちょうど良い時間だったのだが、ガラガラだった。

理由はたぶん、クローディア夫妻にあるのだろう。

実際に、華奢な椅子は二人の巨躯に耐えきれず、軋んでいる。


「これは、ランゴバルドのルールス姫。」

クローディアは、立ち上がってそつなく挨拶した。

「王室は離れています、陛下。」

ルールスはスカートの裾を持ち上げて、跪いたりはしなかったが、丁寧に挨拶を返した。


「これは、わたしの護衛で、冒険者学校の教諭も務めております、ネイアです。

ご同席をお許しいただけますか?」


もちろん、とクローディアは答え、手を上げて追加の注文をするために、店員を呼んだ。


「さっきまで、フィオリナがそこに座ってたんだ。」

と、快活な少女の姿をした邪神は、ルトが座った席を指差した。


「フィオリナはどこへ?」

「まあ、誤解は解けたようだから、ゆっくりしていけ。」

と、アウデリアはホールケーキを自分の斧で切り分けながら言った。


「すいません、アウデリアさん、親父どの。」

ルトは顔をふせてボソボソと話した。

「でも誤解って?」


「それは、お主が何かに憑依されていたり、薬物の影響下にあったり、もっとはっきり言えば、お主が正気だとわかった、ということだ。」


なんで、婚約してる相手に式をあげようっていっただけで、そうなる。

と、ルトは不満そうに言った。


「女子会やってるところに飛び込んできて、いきなりする話でもないし。」

アキルはケーキをパクつきながら言った。


「それは、あんまりふさわしくは、ない。」

ルトは、こまったように縮こまった。

「でも、正気を疑われるなんて。」


「ルトくんと何があったのか、みんな聞いてくるから、困ってたのよ。」

ドロシーは、昨晩分かれたままの浮気相手にウィンクした。

「なにがあったか話してもいい?」

「それは、ちょっとイヤ。」


「あとは、ルト殿が娘を説得すれば、話は大きく進むだろう。」


クローディア大公が重々しく言った。


「まあ、それはそれとして」

アキルは、さっきオルガが食べていた果物の果肉を練り込んだケーキを、頼みながら言った。

「わたしは、ルトくんたちの結婚に反対します。」


「アキル!」


「お主が動くととんでもないことが起きるものだ。」

アウデリアがため息をついた。

「このわたしが、ヴァルゴールと同じ意見だとは。」

「ヴァルゴールじゃなくって、アキル!」

「ああ、すまん。アキルと同じ意見だとは。」

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