第397話 フィオリナの幸せなざまあ
この日の「カフェ・ミトラミュゼ」はとんだ災難だっただろう。
本当はお客を選びたい高級店だ。うっかり
乱暴をするわけではないが、そこにいるだけで、野生動物、いや魔物がいるかのような圧迫感に、周りのお客は次々と席をたち、新しく入ってきた者もギョッとしたように立ちすくんでそのまま、回れ右を決め込んだ。
ただならぬ緊迫感のなか、クローディア大公陛下はゆっくりと口を開いた。
「結局のところは手詰まりだ。ルト殿の居場所はわからん。おそらくはリウ殿に会いに行ったのだと思われるが、推測でしかない。そして、リウ殿と古竜たちが昨夜のどこで酒を酌み交わしたのかの情報もない。」
視線は、ドロシーを捉えた。
「ルト殿が、我が娘フィオリナと、このタイミングでの結婚を決意したのは、ドロシー嬢との間に、なにかあったのかと考えている。
それがなにか、教えてくれぬか。
どんな情報であれ、それが事実ならば、お主を責めることはしない、と約束しよう。」
「クローディア陛下。」
オルガが肩をすくめた。
「わらわが止めていなければ、ドロシーはフィオリナ姫の斬撃で首と胴が分かれていたぞ?」
「寸止めです、父上。」
フィオリナは、抗議したが、その頭上に拳骨が落ちてきた。
とっさに頭をあげたフィオリナの額とアウデリアの鉄拳がぶつかり合い、衝撃波がカーテンをゆらした。
「石頭がっ!」
「わたしじゃなければ頭蓋骨が粉砕されるぞ、アウデリア!」
似ていないようでよく似た母娘は、睨み合った。
「まあ、何はともかく」
クローディア大公が重々しく言った。
「ドロシー嬢には詫びておけ。
なにがあったのかはこれから尋ねるが、少なくともおまえも、ルト殿とドロシー嬢が一緒に過ごすことは容認したのだろう?
なにかがあったからと言って、いきなり切りつけるものではない。」
大公家ではなくて冒険者同士ならば、一応は通じる理屈である。
パーティ内での恋愛感情のもつれは多々あるがその度に相手をぶった切ってあるわけにはいかないのだ。
とくに任務を遂行中はそうだ。
だったらパーティ内部での色恋は禁止してしまえば、という意見はよく聞かれるが、それでも起きてしまうのが色恋沙汰だった。
だから、相手をぶった切るのは、安全地帯にたどり着いてから、よくよく話をきいてから、というのが冒険者の間では不文律となっている。
フィオリナは、ドロシーを睨みながら、ペコリと頭を下げた。
なんだか親に怒られたガキ大将のようで、ドロシーは微笑んだ。
「悪かったな、鶏ガラ。」
フィオリナは、そう言ったが視線が胸の当たりをさまよった挙句に、驚愕したように目を見開いた。
「ふ、太ったな、おまえ。」
「まあ、そういう事にしておきましょ?」
「さて。」
クローディアは話を元に戻した。
「言ってしまえば、われわれは、ルト殿を心配しているのだ。
何事にも慎重かつ大胆なあの王子が、軽率で性急な結婚を急いだ。
その、ドロシー嬢との」
午後のカフェは、陽の光が差し込み、開け放たれた窓から、気持ちの良い風が吹き抜けていく。
本当なら、おしゃれな(そして経済的にも裕福で見た目も良い)若いカップルで溢れる時間なのだろう。
クローディアは、裕福という点では、合格だったろうがその他の点ではまるでダメだった。
彼はそれでも慎重に言葉を選んで、あまり下品にはならないように注意した。
「・・・行為が直接の原因となったかどうかも、わからん。
だが、少なくとも直前まで一緒にいたのはおぬしだ。
なにかヒントになるようなことでもあれば助かる。」
「ルトくんはルトくんです。ちっとも変わっていません。」
「付き合いの長いわれわれから見ればあの行動はまるきり別人だ。」
「この子はけっこう、口が堅いよ、陛下。」
オルガは、レモンパイを追加オーダーしながら言った。
「正直、わたしの威圧だけで意識を失うかと思ってたんだけどなかなかどうして。」
「みなさんが、ルトくんとわたしが上手くいったのかどうかばかり気にするからです。」
ドロシーは、少し頬を赤らめながら言った。
「それについては、ルトくんの承諾なく、ベラベラ語ることは出来ません。」
「確かにしぶとい。」
アウデリアが獰猛に唇を釣り上げた。
「威圧にも耐えるなら、ほかの方法を試すか?」
「でも、なにがキッカケになったかは、だいたい分かります。」
あっさりと、ドロシーは言った。
拍子抜けしたように、一同は黙った。
「ルトくんが自分が普通の女の子を普通に愛することができるのか、悩んでたことはわかります?」
「それはさっきも聞いたよ。」
アキルが言った。
「わたしはけっこう贅沢な悩みだと思うんだけどね。」
「そうか? ヴァルゴール。」
とアウデリアが言って、また一堂をぎょっとさせた。
「そうだよ。」
アキルは、緑色の炭酸水にストローでちゅうちゅうしながら続けた。上にのったアイスクリームがほどよく溶けて甘くなっている。
「だって、ルトくんには、フィオリナさんがいるんだよ。
ルトくんがどんなに普通じゃなくたって、普通の女の子を普通の愛し方ができなくたって、ちゃんと受け止められる普通じゃないパートナーがいるんだから!」
「それです。」
ドロシーが言った。
「どこです?」
とアキルが聞き返す。
「フィオリナさんがいるから、ルトくんは普通が出来なくっても大丈夫なんです。
わたしは彼にそう言いました。」
と、ドロシーは答えて、お茶のおかわりを頼んだ。
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