第396話 すれ違いの二人

結果から言えばこれもはずれだった。

フィオリナは、こちらには来ておらず、ドロシーはちょうど出かけてしまったところだった。

隠して、ロウは「イライラしてあるルトと道行を共にする」という稀有な体験をすることになる。

のちにこの手の題材における先駆けとなる名著「インタビュアーウィズヴァンパイア」において、リンドは次のように語った。


みんながどう思っても勝手だけどね。ルトはけっこう、真面目で、気の小さな、いつもまわりの心配ばっかりしてるやつなんだ。

イライラしてることなんて、実はしょっちゅうあって、ただそれを周りに見せないだけなんだよ。

だから、あのとき、あいつがイライラしてたのは、実際にそういう状況にあったという以前に、わたしにはそういう一面を見せてもいいと。

心を許してくれてたんだと思う。

・・・いや、そうでも思わないと怖いじゃないか。



ドロシーについては、ドロシーの部屋で部屋でうだうだとしていた、ミランから情報があった。

アキルとオルガに誘われて、街へ出かけたらしい。


アキルまたはギムリウスにべったりのミランだったが、街中のカフェでお茶をするという「人間らしい」行為にミラン自身が怖気をふるって居残りを決め込んだらしい。


で、どの通りのなんといくカフェに出かけたまでは、ミランも把握していなかった。

これは、フィオリナを求めて、やたらに動き回るよりも、クローディア大公夫妻か、もしくはドロシーをつかまえるのが先決ではないか。

そう、ロウは提案し、ルトの諾を得た。

とくにドロシーは、お茶をしに出ていっただけなので、アキル、オルガともども夕刻までには、ここに帰ってくる可能性が高い。


「ルトっ!」

「ルトさまっ!!」


そこに転げるような勢いで飛び込んできたのが、ルールス分校長とネイアだった。


「お、お、おぬし、結婚するのかっ!」

ルールスの手には、結婚式の「招待状」が握られていた。

「さっき、リウの使い魔がこれを持ってきたのだっ!」


なんで、婚約者同士が結婚式を挙げることに、みんな驚愕するのだろう。

しかも、よりにもよってフィオリナまで。


「お、おめでとうございます。ルトさまっ!」

担任教師でありながら、ネイアの言葉使いがおかしいのは、ネイアがルトの使い魔だからだ。

もともと、ネイアがルトを支配下におくために、吸血をおこなっったのだが、ルトがかつてフィオリナとともに開発した「吸血した方を従属下におく魔法によってネイアが、ルトの支配下に置かれている。

「し、しかしなぜまたこの時期に?」


「ネイア先生まで?」

「それはそうです。」

ネイアは一応他所行きのものらしく、いつものボロマントの姿ではなく、黒に近いほど濃い緑のタキシードを着こなしている。

「ここは、敵地の真っ只中です。もし式をあげられるのならランゴバルドにお戻りになってから。

冒険者学校をあげて祝いたいのです。」


ルトはいやな顔をした。

「ほんとにもう‥‥そういうのはいいから。」


「それでもなにも、ギウリークの首都ミトラで、することではないでしょう?」

「いや、どこでやるにしても、“踊る道化師”だけの内輪の出席でいいつもりだったし。」

「わたしはルトさまの使い魔です、充分身内です。」

「だからちゃんと招待状が届いてるじゃないですか。」

「場所も時間も空白の招待状ですけどねっ!」


ルトは見せてもらったが、確かにその通りだった。

ロウがフォローするように口を挟んだ。


「それは、決まり次第、文字が浮かぶようになっている。実際にいま、リウとアモンとギムリウスが、グランダの関係者に声をかけに行っている。」


白茶けた顔色でルールスが叫んだ。

「ま、まさか魔王宮の階層主でも呼ぶつもりではあるまいなっ!」

「そうだな。」

ロウは真剣に考え込んだ。

「わたしの片割れは一緒に同じ場所にいないほうがいいから、あとで記憶を同調させてやることで我慢してもらおう。あとの二人は人間のフリが致命的に下手でな。

どうするかは、本人たちの希望をきいたうえで、リウが判断すると思う。」

「ま、魔王宮は七層まであるはずだっ!」


あれ、いままで言ってなかったかな、とロウはあらためて、自分を指差した。

「魔王宮第二層階層主“真祖”ロウ=リンド。

あと、第三層の階層主が、アモンこと“神竜皇妃”リアモンド。

第一層の階層主が“神獣”ギムリウス。」


ルールスが、しゃがみ込むと収納から酒瓶を取り出した。そのまま口をつけてむせかえるまで喉に強い酒精を流し込んだ。


「ルールス校長! そんな飲み方をしては!」

「ふざけるなっ! これが素面で聞いてられるかっ。どうせウィルニアは、本当の“賢者”ウィルニアで、第六層の階層主だ、とでも言い出すんだろ?」


ルトは首を傾げた。


「それは前にも言ってあったと思いますが。」


ルールスは、倒れ込んで、もう嫌だとか平和な世界をかえせとか独り言を言っていたが、突然立ち上がり


「まあ、しかし。

ギウリークにランゴバルド、とくに冒険者学校への干渉認めさせ、関係者の処罰といくばくかの賠償をせしめたのは、おまえたちのおかげだと思う。

感謝する。

今後もランゴバルドを拠点としてくれるよう頼む。」


早口にそんなこと頼んでくる。


「もちろん構いませんけど。」

ルトは軽く言った。



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