第394話 銀雷の魔女は憂う

流石に疲れておるようだな。

アライアス侯爵は、ドロシーを見つめた。

早朝の執務室に集められたのは、執事に、護衛隊長。アライアス侯爵家を一つの組織として、見るならば中核メンバーだ。


執務室は庭につながり、そこに護衛隊長とドロシーが向かい合っている。

ドロシーは、ゆったりとした拳法着を身につけ、武器は帯びていない。


「魔法は禁止。どちらかが一撃を受けるまで、だ。」


ドロシーと護衛隊長は、頷いて、互いに向いあった。

護衛隊長は、室内でも使いやすい短い剣を右手に構えて、腰を落とす。もちろん木製の模擬試合用の剣だが、当たれば骨折くらいはするだろう。盾は左手の籠手と一体化していた。

ドロシーは、片手を腰に片手は、手のひらを広げるように相手に向ける。


腰は極端に落とさず、自然体だ。そのまま、斜めの方向に歩き出す。

攻撃にも防御にも。相手との距離を縮めるでもなく、開けるでもない。

百戦錬磨と行っても良い、護衛隊長は、しかし慌てなかった。無手の技を得意とするものの中には、動きでまずこちらを撹乱するものも多い。

全身のバネを使って護衛隊長は、ドロシーに突進した。


ドロシーの歩みは緩やかだ。しかし、体を斜めに向けているので、的が絞りにくい。

最初の突きが空を切った後、護衛隊長は、斬撃に切り替えた。

体のどこにあたってもいい。

向こうは防具をつけていない。骨が折れぬまでも悶絶させるだけの打撃となる。


護衛隊長は、このところ急速に、侯爵の信頼を得たこの『躍る道化師』が気に食わなかった。

「腕試し」と称して、ドロシーを引っ張り出したのはそのためだった。

噂の「銀雷の魔女」。

しかし、見たところ、武芸者としては、 未熟であった。

昨日、会場に押しかけた不審者の一軍を捕獲したことで、また評価を上げたのも気に食わない。

電撃系の魔法を使ったようだったが、ならば魔法を禁止してもらえば。


嬲ってやる。

護衛隊長は決めていた。

一撃が入ったら終わりにすると言われていたが、そうするつもりはない。その後、勢い込んだふりをしてもう一撃を加える。手足を折るか、肋骨か。死なないまでもしばらくは不自由な生活をしてもらう。

もし、仮にアライアス家に仕えるつもりならば、護衛隊長の地位を脅かすことのないように、2度と拳法が使えぬ体になってもらおう。


ドロシーの歩みは揺らぐ様で、当てにくい。

だが、頭部や心の臓を狙うならともかく、胴を薙ぐだけなら。

「そこ」

に剣戟がくるようにコントロールされたのだ、と気がついたのは体が半回転して地面に叩きつけられてからだった。


「く、くそっ」

飛び起きようとした護衛隊長の、喉をドロシーのブーツが踏みつけた。


昨夜のパーティーの事務処理を、と呼び出された結果がこれだった。


アライアス侯爵は、ドロシーを労った。

昼食を一緒にと言われて、ご相伴したが、あらためて午後からの予定を訊かれて、予定があると断った。

実際にアキルたちと出かける約束をしていたし、

アライアスが、彼女を高く評価しているのは、わかったが、そんな使い方をされるのは、心外だったのである。たとえ、構成メンバーの大半が人間ではなかったにせよ「踊る道化師」のほうがはるかにマシだった。



銀雷の魔女ドロシー・ハート。


異世界勇者アキル。


銀灰皇国皇帝オルガ。


残念姫フィオリナ。


居心地のよいはずのミトラの貴族街に近いおしゃれなカフェは異様な雰囲気に包まれている。

だいたい格好がよくない。

まあまあ、良家の子女らしきものは、冒険者学校の制服を着たアキルくらいのもので、オルガは黒い鎧に黒いマントの冒険者姿だったし、ドロシーは拳法着、フィオリナに至ってはクローディア家の侍女の制服に身を包んでいた。


一応、友人同士なのだろうが、身分も出身国もバラバラのようである。

一応、友人同士なのだろうが、まあのほほんとしているのは、学生服の少女くらいのようで、黒尽くめの冒険者は、三皿目のアイスクリームの盛り合わせを黙々と平らげていた。

拳法家らしき細面の少女は、気まずそうに下をむいていたし、みかけない侍女の制服をきた少女はひたすら澱んでいた。

正直、あまり仲が良さそうには見えない。


「ドロシー、これからの話なんだけど、わたしのものに」

「アキル、話をさらに複雑にするな。」

オルガが、冷静に言った。


「ここで、駄々をこねていても仕方ないじゃろ?」

オルガはスプーンでフィオリナを指した。かなり失礼な態度であったが、身分的には、オルガは非公式ながら銀灰皇国の次期女帝となることが決定していたし、フィオリナはクローディア大公国の姫君だったから、対等な友人同士であってもおかしくはない。


だが、フィオリナは下を向いたまま、お茶にミルクが溶けているのをじっと見ていた。


「まずはルトを捕まえるしかあるまい。」


オルガは、手を上げて今度はシフォンケーキを頼んだ。

それと・・・お茶のおかわり。


「あのですね。」

「いや、聞きたくないっ!」


ドロシーは、ため息をついてアキルとオルガを見た。


「いや、何があったのかわたしたちもわからないから。」

アキルは特にドロシーに肩入れしているわけでもない。アキルの思いがあるとすればそれはルトに向かっているのだが、そのためには、ドロシーから何があったのかをじっくりと聞きたかったのが、今回の目的だった。

三人で出かける途中に、フィオリナがドロシーに切り掛かるという暴挙があったので、一緒に連れてきてしまったのだが。


「われわれも聞きたい。」


クローディア大公とアウデリアが、四人を見つけて声をかけてくれた時、一番ホッとしたのはドロシーかもしれない。


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