第393話 剣聖はよく眠る
クローディアとアウデリアは、ホテルのフロントに呼び止められた。明け方近く、まだ薄暗い時刻に飛び込んできた男女は、屈強な、屈強すぎる体格の、おそらくは冒険者以外の何者ではない。
それもおそらくは銅級。銀級にすすんだ冒険者はもう少し羽振りがいい。剣の拵えひとつとってももう少し金をかけるものだ。
腕はいいのかもしれない。
おそらくは、運や仲間に恵まれなかったのだろう。よくあることだ。
この時間、出勤していたのは、副支配人の地位にある男だった。
深夜の勤務もいとわずに率先して働くので、下からの評判は悪くない。もともとは裏稼業の出身で、その組織の名は「ロゼル一族」という。エミリアの盗賊団のここミトラにおける責任者が彼だった。
クローディアの顔は知らなかったし、前述のごとく2人を出世しそこなった冒険者だと思い込んだが、裏の稼業出身のものらしく、その実力を正しく見抜いた。
「ご宿泊者以外の方をお通しすることは、できません。」
丁寧に応対しながら、彼は警備員を集めるように合図を送った。
「急ぎの用事だ。」
クローディアは、我慢強く言った。
「まともなホテルだな。」
アウデリアも笑顔で頷いた。
「だが、まかり通るぞ。銀級冒険者アウデリア。」
「その夫。クローディア大公国のジャック=ゾイ=クローディア。」
それを疾く言え!
副支配人は、それでも一応、ルーム係の者をウォルトとミイシアの部屋に走らせた。
部屋には誰もいなかった。
そのことを告げると、クローディアとアウデリアは顔を見合わせた。
「いつ出かけたのかわかりますか?」
「女性のほうでしょうか。」
副支配人はためらったが、正直に答えた。
「残念ですが、把握してはおりません。あのお二人と、お隣の部屋のご友人は、勝手に窓から外出して、また御帰りになられるのですよ。」
彼は伝票を捲って、深夜のルームサービスの発注をしらべた。
「午前2時の注文が最後です。それ以降はお休みになられたのか、と。」
「ルームサービスの発注者は誰だ?」
「ミイシアさまです。」
「運んだのは?」
「お隣のギムリウスさまのお部屋です。」
「ルト‥‥ウォルトが戻ったのは?」
「確認しておりません。フロントを通らずにお部屋に行かれて、また外出されたのか、と。」
「ではウォルトも今は在室はしてない、と」
副支配人はルーム係と耳打ちをした。
「ギムリウスさまの部屋にまだお一人残ってるそうです。」
「誰かな。少し話が聞きたい。誰かわかるかな。」
「‥‥おそらくはガルフィート伯爵のご令嬢、カテリアさま。」
「保護しようか。」
「それがよかろう。」
上がるぞ。
と言い残して無的のクローディア夫妻は、ロビーを後にした。
そうだった。
少なくとも、カテリアは無事に保護せねばならない。あとは、自分んたちの娘であるフィオリナを筆頭にいろんな意味で人外であるが、カテリアはそうはいかなかった。
フロントで借りたスペアキーで、ドアを開けた。確かにミイシアたちの部屋には誰もいない。
続いて開けたギムリウスの部屋は、複数の寝室にジャグジー付きの風呂まで備わった豪華なものだった。
当のギムリウスもおらず、ともに部屋を借りていたはずのミランという少女の姿も見えない。黒尽くめの傭兵ガルレアことオルガ姫も、またアウデリアが「ヴァルゴール」の化身と評したあの異世界の少女、アキルもいなかった。
ひとり、ガルフィート伯爵家の令嬢カテリアが、リビングのソファベッドで熟睡していた。
ルーム係もなんどもノックしたりしたはずなのだが、気がつく様子でもない。
「いろいろな意味で無事だぞ。」
アウデリアが、カテリアのあどけない寝顔を見ながら言った。
「いろいろな意味とは?」
「我らの愛娘に貞操を奪われてもおらず、片翼の吸血鬼ロウ=リンドに血を吸われてもおらず、ヴァルゴールの隷属にも置かれていない。」
「こっちの部屋に彼女たちは集まったはずだ。」
クローディアが指摘するまでもなく、部屋は使ったグラスや空の酒瓶、食べかけのツマミの乗った皿が散乱し、あまり居心地はよくなさそうだった。
カテリアは、ソファをベッドがわりに熟睡しており、誰かが、毛布をかけてやっていた。ごかには誰もいない。
ギムリウスもロウもミランもアキルもオルガも。
そして、ルトも。
「どこへ行ったのだと思う?」
と、クローディアは我が妻に尋ねた。
「どれ、だ?」
「確かにその他のものたちの動向は気になるが、まずはルト殿だな。
式の話にフィオリナが乗ってこないどころか、部屋を飛び出されてはさぞかしショックだったろう。
フィオリナを追いかけてるのでなければ、どこに行くだろう?」
「ルトはこの街では知り合いが多くはないはずだ。」
アウデリアは言った。
「可能性が高いのは、リウかアモン。」
「彼らはどこにいる?」
「昨夜は、パーティーが捌けた後、どこかで竜王の派遣した古竜と、飲むと言っていた。
どこにいくかまでは、わからぬ。
アライアス家やガーフィート家ではないだろう。おそらく独自の閉鎖空間か‥」
「ならば、ルトの捜索は手詰まりか!」
クローディアはむっつりと言った。
「どうする?」
起こされたガルフィート伯爵令嬢は、キョトンとしていたが、相手がクローディア夫妻だと気がつくと慌てて跪いての礼をしようとして、途中で自分が下着姿なのに気がついて悶絶し、パニックになった。
とにかく、カテリアは最初に寝込んでしまったので、その後の事情はまるで把握しておらず、クローディアたちにとっては、まったく役に立つことはなかったのである。
「事情があって、ウォルト、またはルトと名乗る少年を探している。」
と、クローディアは言った。
「カテリア姫はなにか心当たりはございませんかな?」
「わ、わたしはそのっ!」
カテリアは体に毛布を巻き付けて、真っ赤になっていた。
「フィオリナ姫とその。でもなんだかみんなが居て。」
「カテリア姫は、ゆっくりおやすみになればよろしい。」
クローディアは、言った。
ある意味、彼女はフィオリナの犠牲者でもある。
「周りが起き出してから、馬車をよんでガーフィルト家に帰るがよかろう。
フィオリナから改めて詫びはさせよう。」
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