第392話 邪神と闇姫と魔女と残念姫
「き、きさまっ!」
歴史書のいくつかは、フィオリナを、少なくともこの時期のフィオリナを、血に飢えた殺人鬼のように、評しているものがある。
創作のレベルになると、さらに悲惨で、彼女はこの時期、『踊る道化師』の全員、さらに部下のミュラやヨウィス、はてはかつて魔王宮でやりあったザザリや「フェンリルの咆哮」のザックなどとも関係をもったとように描かれてある。
とくに成人向きのコンテンツでは、狼の姿に変じたザックとフィオリナの交わりは、「結婚編」の最大の見せ場となっていた。いつものように高慢にザックを誘ったフィオリナが、ザックにめちゃくちゃにされるところが、フィオリナアンチの溜飲を下げるらしく、なかでももともとは戯曲として描かれた『狼侯と残念姫』は、舞台の描写をシルエットのみにるすことで、なにをしているかの説明をフィオリナ役の嬌声のなかで語らせるとう手法で、幅広い層にアピールし、オールべやランゴバルト、グランダ王都でも大変な当たりをとった。
(流石にクローディア大公国内では上演禁止となったが、物見高い一部ものは、わざわざ芝居見物にグランダまで出かけて行ったものだ。)
これに、困ったのは実はザックのほうで、彼はなんども上演をやめさせるように神託をくだしたのだが、神託の常で、信徒には意味が正確に伝わらず、かえってコンテンツの数を増やしただけだった。
さて、話はずれたが、この時期のフィオリナの悪評を決定づけたのがこの日の行動だと言われている。
フィオリナは、ヒロインであるドロシー・ハートに問答無用とばかりに、斬りかかったのだ。
もちろん、フィオリナの目にはドロシー以外、入っていない。
だから、彼女の剣の一撃を旋回するデスサイズがはじき飛ばしたことに、呆然と立ちすくんだ。
「残念姫さま!ご乱心っですか?」
妙な言い回しで、そはの黒い髪と瞳の少女がからかった。
「いや…ヒロインはわたしのはず」
「ああ、そっち!」
フィオリナが、ナレーションに文句を言ったことはスルーして、アキルは慰めるようにいった。
「わたしたちは、これから三人で街ブラしてお茶でもしようってことになってるんですけど、一緒にきます?」
わたしはっ
そんなこと、してる場合じゃない。
フィオリナの怒声を軽々とかわしたのは、なにもアキルが邪神の現見だったからではない。
ドロシーも同情的な目で、フィオリナを眺めていた。
だから、フィオリナは脅かしのために剣を抜いただけであり、実際は寸止めにするつもりであった、という説も生まれるのだか。
「じゃあ、何をします?」
と、きいたアキルに返答できずに、フィオリナは、無言で剣をさやに収めた。
オルガもデスサイズの刃をたたむ。
「まあ、アレじゃ。」
と、この中では一番大人であるオルガが、その、場をまとめた。
「1人になりたいと思うことがあったら。それは逆にそうしてはいけない時間、ということが往々にしてあるものじゃ。」
いまのミトラの町というところは、若い娘が四人で、危険を感じずに歩けるところではなかったが、黒ずくめのマント姿の冒険者の格好が効果があったのか、取り敢えず、四人はケーキとお茶を楽しめる小洒落たカフェに腰を落ち着けた。
「身を隠したい。」
と、さきほどとは打って変わってしょげたフィオリナは、ぼぞぼそとつぶやいた。
「それより、ルトをつかまえて何を考えてるかよく聞かないと。」
と、アキルはしごく真っ当なことを言った。
「ルトは?」
「姫が飛び出して行ったんでびっくりしてたけど・・・
とりあえずは、リウさんやアモンさんにも教えないとって出でったから、たぶんそこに行ったんじゃなきかな。」
「わたしが思うところなんですが」
ドロシーが言いかけたが、フィオリナは耳をふさぎ「やだやだやだやだやだやだっ!聞きたくないっ!」と叫んだ。
「わらわたちも、ドロシーに問いただしたのだが、なかなか要領を得ん。」
オルガは、運ばれてきたアイスクリームをスプーンに山盛りにして、一口でほおりこむと、
「おかわりっ!」
と叫んだ。
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