第391話 まともなルトと怯えるフィオリナ
とにかく、ルトの真意を確認してみよう。
さすがの、クローディア大公とアウデリアも、それくらいしか思いつくことはなかった。
アウデリア的には、「締め上げて」とか「殴り倒して」真意を確認したかったのだが、それはクローディア大公にやんわりとめられた。
「ルト殿は、どちらに。」
「泊まってるホテルにいると思う。」
アライアス侯爵が用意してくれた別邸からホテルまではかなりの距離があったが、それを厭うクローディア夫妻ではない。
マントを羽織り、武器を携えると、フィオリナを促した。
「わたし」
フィオリナは、ソファに腰を下ろしたままだった。
固く唇を噛み、体は震えていた。
「ルトに会えない。あんなルトは、ルトじゃない。
そうだ、きっとたぶらかされたんだ、あの魔女に。」
「どの?」
アウデリアは、尋ねた。女であって、魔法を使うものは多いが「魔女」の異名を持つものは、少ないはずだ。それこそ、闇森のザザリとか。
「銀雷の魔女ドロシー・ハート」
それはない、だろ。とアウデリアは思った。ギムリウスの糸を使ったボディスーツの高性能でかろうじて、致命傷を避けている程度の生命力、攻撃は対人ならば、なんとか誤魔化せる程度で、強大な魔物や回復力の高い相手には通じない。
“常識的なことをするルト殿と同じくらい、怯えているフィオリナも気味が悪いのだがな。”
とクローディア大公は失礼にも思った。
「ならば、今宵はここで休め。」
クローディアは、従卒を呼んで予備の寝室を整えせた。
深夜、というか明け方近い時間にもかかわらず、よく訓練されたアライアス侯爵家の召使いたちは、それに答えてくれた。
「朝食は娘の分だけ頼む。」
「なにも食べられそうにないの、父上。」
フィオリナは弱々しく訴えた。
どうもショックのあまり、幼児退行をおこしたようにさえ見えるフェオリナを、優しく頭を撫ぜてやってから、クローディアは、ミトラでも一番強い蒸留酒をなみなみとグラスに注いだ。
「酒というものはなにも解決はせん。」
重々しく、クローディアは言った。
「だが、考えて叫んで動いても、なにもプラスにならぬときに、とりあえず活動を中止するには悪くないアイテムだ。我々が戻るまでは余分なことはするな。
いまの状態でおまえがなにかを判断しても、それはすべて間違っているし、なにか行動してもそれすべて悪い結果にしかならない。
少なくとも午前中はベッドから離れるな。どのみち昨晩から騒いでいたのだ。
せめてことを起こす前に睡眠は充分とりるのだ。」
クローディア大公は夫妻は、フィオリナを残して外出した。
フィオリナは、喉から胃の腑まで焼く様な酒を立て続けにあおり、ほとんど意識を失ってべベッドに倒れ込んだ。
よく朝、遅くにフィオリナは起き出した。
手回しのよいアライアスの家中の使用人は、ドレスと、さらに貴族の青年がきるような飾りのついたスーツを何点か用意してくれていた。
フィオリナは、昨日からずっとクローディア家の侍女服だったのであるいは、そのコスプレをやめてくれないと、なんとなく、彼らも落ち着かないかもしれない。
フィオリナは、男装を選び、腰に剣をはいた。そういう気分ではあったのだ。
ヨーグルト
ヨーグルトにサラダ、少しのパンを食べた。昼食には、具沢山のスープが出た。
それを食べ終えてもまだ、父たちは帰ってこなかった。
こうなると、常に活動をしていないと呼吸もできないフィオリナは息苦しさを感じる様になった。
かと言って。
もし、ルトがフィオリナの知っているルトじゃあ、なくなっていたら。
「やあ、フィオリナ姫。」
妄想の中のルトは実物よりもずっとおとなびていた。
「だんな様。」
妄想のなかの彼女は、もうそんなに若口なく美しくもない。
ルトにあえば、ツンケンと二言目には、皮肉と嫌味しかいわない女になっていた。
「今月はおかえりになりますか?」
「そうだな月が変わればまた寄せてもらう。」
「また、鶏がら女のところですか?」
似合わない口髭をむしり取ってやりたいと思いながらも、想像の中のフィオリナは、ひきつった笑いを浮かべている。離縁だけはできない、失うものが多すぎる。
「ああ、ドロシーのところだ。二人目が生まれたのは話したろう。上がまだ三つなのにやたらにお兄ちゃんぶるんだ、これが楽しくてな。」
「いってらっしゃい、だんな様」
こわばった顔で、フィオリナは頭を下げる。暴力を振るったり、大公家の婿としてのあるまじき行為はない。だだ、フィオリナはいつも二番におかれるのだ‥‥。
妄想のままにふらふらと外に出たフィオリナは、そこでアライアスとの執務を終えて出てきたドロシーと鉢合わせしたのだ。
「き、きさまっ!」
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