第351話 魔王と呼ばれる少女
その昔、魔族を率いて西域から中原の国々を蹂躙した魔王バズス=リウ。
絵姿は狼の頭部を象った兜と漆黒の鎧をつけた美丈夫として、描かれることが多い。不吉な存在ではあるが、1000年の昔の人物である。
その存在を悲劇の英雄として語る戯曲、小説もかずしれない。
だから、目の前の少女の正体は、いまクローディア大公が言った通りのものなのだろう。
閉鎖された魔王宮内部でかろうじて生き残った取り残された魔導師や兵士たち。
飲用に耐えうる水源を見つけ、魔物をも食料にし、長い年月をそこで生き延びたのだ。その中に子を成したものもいたのだろう。眼の前の少女はその成れの果てなのだ。
「彼女を見つけて、連れ出したのは、我が娘の婚約者です。」
「ハルト殿下が?」
「そう、ひとりぼっちであまりにも寂しそうだったから・・・だと申しておりました。強い魔素のなかで育ったためか、類まれなる魔力をもっております。
どうでしょう、リウ殿。
魔王宮そのもの、と言ってもいい、あなたに聞きたい。人類は魔王宮をいかにすべきでしょうか?」
「クローディア陛下は、まるで、魔王宮が人類の宝のような言い方をしてくれる。」
数十人に増えた高貴な人々の視線の中でも、野性味のある美少女はびくともしなかった。
愉快そうに笑って一堂を見回した。
強すぎるその視線にたじろぐもの、恐怖を感じるもの、恋におちるもの続出。
「あれはそのようなものではない。ただの牢獄だ。
だが、そこにあるものが、それほどに価値が高いというのならば、国家をこえた枠組みによる共同管理がいいのだろう。
そこで得られた知識を人類社会に広く還元することを考えるならば、現在のようにギウリークが一国で管理するのは具合が悪い。」
「ち、ちしき・・・?」
単なる素材の宝庫としてしか考えていなかったザフィルド伯爵は、ぼんやりと周りを見回した。その行動だけで、彼がこの一連の流れにまったくついていけてないことは明白だった。
「あそこにはウィルニアがいるのだぞ。蓄電池ひとつをもってしてもやつの発明品で失われてしまった技術はあまりに多い。それに階層主たちはみな『知性をもった魔物』だ。
その意味がわからないか。」
「いやいや、魔王陛下。」
彼、いや彼女の正体を知っているルールスは、あっさりそう呼んでしまったが、この話しの流れでは、それはルールスが冗談で言ったものだと解釈され、特に問題にはならなかった。
「一名を除いてはよくわかっている。」
全員の視線は、こんどはザフィルド伯爵に集中し、激高したザフィルドがなにやら、喚こうとした直前、ガルフィート伯爵がするり、と割って入った。
「これはこれは」
ガルフィートは、ザフィルドをじろりと見ながら言った。
「入口でのチェックが甘くとんでもない人物を紛れ込ませてしまいました。」
大仰に集まった者たちを見回して
「この者はすでに昨日、外交部から除籍となり、伯爵家は改易となっております。
なにを申し上げたのかは分かりませんが、なんの資格、身分もない個人の戯言に過ぎません。」
リウは余裕たっぷりの笑みは引っ込めなかったが、内心は呆れ返っていた。
“クローディア殿もたいがいだったが、これは酷いな。もし、国を建てなければいけなくなったら外交はルトに任そう。”
集まった招待客の視線、特にギウリークの関係者の視線は刃物のように、ザフィルドを突き刺し、彼は呻き声を上げた。
なぜ。
なぜ、こんな事に。
混乱と怒りにいっぱいになった彼の出した結論は。
「竜人部隊!
クローディア公を逮捕せよ!
これはギウリークへの敵対行為だ。」
遥か上空。
会場警護のためにいたはずの竜人三名が急降下にうつる。
翼を翻し、流れ星のごとくに、会場に向かって落下してきた。
客たちが悲鳴をあげる間もなく。
べちん。
虚空に現れた巨大な竜の尾が、3人まとめて彼らをはじき飛ばしていた。
「うおっしゃあぁぁぁっ!」
道化服の酔っ払いが、酒瓶片手に叫んだ。
「一撃三殺!
リイウーさまの部分顕在だぞ、バカヤロう。」
ガルフィートが招いた古竜のひとり、リイウー。彼は人化した状態から竜の肉体を部分的に出現させることが出来るのだ。
かなりの珍しい能力であって、同僚たちは“さすがは我か竜の牙のリーダ ー”とも思ったのである。
もちろん、酔っ払っていたのも、リイウーのせいではなく、無理やり飲ませたアウデリアのせいだったことは言うまでもない。
たがザフィルドが手配していた竜人はその三体だけだはなかった。
入口が推し破られ、完全武装の竜人たちが続々と会場になだれ込んでくる。
クローディアは、余裕たっぷりの表情は崩さなかったが、内心苛立ちを感じている。
ガルフィートが行った無茶苦茶な言い逃れ。それさえもぶち壊そうとするとは!
リウがしかし、踏み出そうとしたときには事は終わっていた。
竜人たちの前に、ランゴバルド冒険者学校の制服の少年が立ちはだかったのだ。
頭に角があったから、彼自身も竜人だったのかもしれない。
「止まれ。」
低く発せられたそのひと言で、竜人たちの動きがぴたりと止まった。
静寂のなか、リイウーの泣き声だけが会場に響いた。
「レクス様だっ。レクス様がいるうっ。」
「なにをいうてますの?
レクス様がこんなところにおるはずないやろ・・・
ほんまや。」
神鎧竜レクスは、硬直した竜人たちを睨んだ。顔面蒼白、がたがたと震えながらも動けない。動くことは出来ない。
動くな。
遥かな高位存在に、そう命じられたから。
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