第350話 魔王宮の申し子
「クローディア陛下。」
話しかけてきたのは、いささか怖い目をした高位貴族だった。絵姿などで事前に情報を仕入れていたクローディアは、それがギウリークのザフィルド伯爵だとわかった。
担当は、外交、いや外交とは名ばかりの他国への工作活動。
先日、グランダへ竜人からなる特殊部隊を送りつけてきたのは、この男だった。
あげくに、虎の子の部隊を蹴散らされ、責任をラウレスに押しつけて、この男は安泰である。
「はじめてお目にかかります。」
クローディアは、そう挨拶して、集まった客たちに、ギムリウスとうまくやってくれるよう話してから、その場を離れた。
ザフィルド伯爵は、そのクローディアを足早に追いかけてくる。
「クローディア陛下!
魔王宮の件でぜひお話ししたいいことが」
クローディアは足を止めた。
まず、彼が心配していたのは、踊る道化師の面々だった。
彼らがそれぞれ落ち着くまでは、おいそれと酒も飲んでいられない。あとはリウ‥‥魔王その人の様子を確認すれば一安心と考えていたのだが。
ここは、クローディア夫妻のミトラ到着を祝う歓迎会の席上であり、ミトラへの到着が遅れたのは、オールべでのトラブルが原因だった。
オールべは、ギウリークの領土内にあり、いくらエステル伯爵がどうの鉄道公社がどうのと言っても、それはギウリークの問題に他ならない。
招待した国家の元首が自国で、危険にさらされたのである。本来なら賠償云々に発展するところを盛大な歓迎会でごまかしているのだ。そこに外交問題をふっかけるだけでも充分に礼を失していた。
ちょうど入場してきた客のひとりに、クローディアはお目当ての顔を見つけて、そちらに向かった。
「にげるのですか、クローディア!」
語気激しき物言いに、気がついたアライアス侯爵が割って入る。
「ザフィルド伯爵!
ここは、歓迎会の席上です。外交上の折衝ごとは場所をあらためていただきたい!」
それでもまだ、ザフィルド伯爵は止まらなかった。
「いや、あのような不平等な条約を押し付けられて、西域の文明国家としては黙っていられませんな。
辺境の蛮人ならいざ知らず。
詳細は後日として、魔王宮管理についての条約の見直しをすることだけ、ここで約束願いたい。
さもないと。」
クローディアは、お目当ての人物が(恐らく会話の内容も聞きつけて)ほとんど走るように迫ってくるのを確認してから、ゆっくりと返した。
「まだ発効して数ヶ月の条約です。
見直す気はないと申し上げたら?」
「ギウリークは、魔王宮から一切手を引く!」
得意そうにザフィルド伯爵は、胸をそびやかした。
どうだ?
そうなったら困るだろう?
なら、少し折れてもらおうか?
いや悪いようにはせんよ。ただ、ギウリークへの利益分配をいまの倍程度にし、宿屋や交換所の運営権をこちらの管理にしてもらう。そうだな、わたし個人に対する迷惑料は、50万ダルばかり、用意してもらおうか。
アライアスが卒倒しそうになるのを、後ろから逞しい腕が抱きとめた。
「早く着きすぎたかと思いましたが、よいお話をきけて光栄に存じます。」
駆け寄って、アライアスを抱きとめた男は、初老ながら戦士の風貌をもっていた。
「これはククルセウ連合国のランス大使。」
にこやかに微笑んで、クローディアは、握手を求めた。
「十年ぶりですが、ご健勝で何より」
「いや、挨拶は省略しよう、クローディア閣下、いや陛下。」
ランスは、そばの椅子にアライアスをそっと座らせると、クローディアに向き直った。
「ギウリークが魔王宮への権利を放棄した旨、確かにお聞きしましたぞ。」
「残念ながら」
クローディアは、ため息をついた。
「契約書を交わした条件では不満があったご様子です。」
「契約書に署名しておきながら、なんと不実な!
ならば、同じ条件で、我がククルセウ連合国が引き継ぎましょう!」
「そうしていただければ有難い。なにぶん軌道にのったばかりの事業です。あまりあれこれと変更を加えたくはない。
さっそくですが契約書を取り交わしましょう。」
「な、なにを勝手なことを言っているっ」
ザフィルド伯爵が叫んだ。
その通り!
と叫んで割り込んだものがいる。ルールス分校長だった。
「こと迷宮のことならば、我がランゴバルドも全面的に協力は推しみません。
我々のほうが、買取所の運営も、何よりまず質の高い冒険者の手配においては、西域唯一。ランゴバルド抜きでの運営は有り得ないことと、存じます。」
話し始めた場所が会場の入口に近かったこともあって、クローディアたちの周りは、各国の使節、貴族たちで輪になっていた。
「ち、違う!
魔王宮の攻略はギウリークとグランダの契約であって」
「それを放棄したのは、あなたご自身でしょう。たしかにお聞きしましたぞ、ザフィルド閣下。」
ランス大使は、ピシャリと言った。
「そのお話ならば、鉄道公社も金と人を出す用意はあります。」
ゆっくりと輪から歩み出たのは、鉄道公社のアイザック・ブァウブル局長である。メイド服の女性を従えているのはなんとも奇妙ではあったが、言うまでもなくこれは、鉄道公社の「絶士」がひとり、無限長の斬撃をもつグルジエンだった。
「ま、まて、待ってくれ、いや待ってください。わたしは契約を破棄すると言ったわけではなく、その見直しを検討いただいていただけで」
「契約の見直しは、クローディア陛下が拒絶された。それに対して、ザフィルド閣下が契約破棄を申し出られた。」
カラフルな羽根のついた帽子の女性は、ジオルグ公国のニナ・リット大使だった。
西域八列強には属さないが、中原との貿易で栄える裕福な国である。
「わたしたちは、金銭的な利益は一切求めません。ただ、魔王宮内で発見された新技術、新素材についての情報を共有いただければそれで、結構です。
ギウリークが払ってる経費はそっくりわたしどもが負担いたします。」
さらにいくつかの国の大使や、はては有力な商会の会頭たちも投資を申し出た。
ザフィルド伯爵はなすすべもなく、あたりを見回している。顔色はすでに死人のそれだった。
クローディアは、一堂を見回して、見覚えのある顔を見つけて、微笑んだ。
こと魔王宮についての判断ならば、彼にきかないわけにいかないだろう。
「いろいろとご意見もいただいております。あらためて、時間を設けることをお約束いたしましょう。その前に、ひとつ意見をきいておきたい人物を紹介いたしましょう。
リウ殿?」
ああ、見つかったか。という顔でニッと笑った少女は、精悍な顔立ちだった。まれに見る美少女ではあったが儚げな弱さなどは微塵もない。
しなやかで強靭な筋肉と鋭い牙を備えた猛獣だった。
ランゴバルド冒険者学校の制服を身につけていた。
「銀級冒険者『踊る道化師』のリウ殿です。」
「その・・・少女がなにゆえに?」
ランス大使が尋ねた。
「たしかに並々ならぬ力をもっていることはわかりますが、なにゆえにこの場で?」
「彼女は、魔王宮のなかで発見されました。記憶を失っていましたが、自らの名前だけは覚えておりました。」
面白い冗談をいうように、クローディアは一堂を見回した。
「名をバズス=リウ、といいます。」
それは、世界を破滅寸前にまで追い詰めた古の魔王の名。あまりにも不吉なその名乗りに、全員が一歩退いた。
「さすがに封じられた魔王がそのまま、少女に姿をかえて千年を生きたとは考えられず。グランダでは調査の結果ひとつの結論に達しました。」
ほうほう。と少女の姿のリウは笑った。
「五十年前に魔王宮が閉鎖されたときに、魔導師や戦士が何人も迷宮内に取り残されました。その者たちの子孫ではないかとの説です。
恒常的に強い魔素にさらされた状態で子を作り、その環境で育った子がまた子を産み・・・・たったひとりの生き残りが彼女だった・・という説です。」
否定も肯定もせずに、ただただリウは笑う。
「まさに魔王宮の申し子と言えましょう。どうです? 魔王宮・・・その管理、いかがしたらよいと思われますか?」
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