第349話 ギムリウスと大公陛下
クローディアは、話しかけてきた貴族たち何人かと、乾杯を繰り返したあと、ふと気がついてギムリウスたちのところに向かった。
彼の救出の立役者は、フィオリナたちをオールべに連れてきたギムリウスなのだから、あらためて礼をと思ったのだ。
ギムリウスは、巣もはらず大人しくオードブルをつまみながら会場の隅に立っていたが、なにしろ格好が変だった。
入院患者が着るような白い上着を羽織っている。膝だけ程のワンピースなのだが、なんの装飾もなく、前の部分が開けられるように、ボタンでとまっているだけだ。
一緒にいるのは、10代半ばの二人の少女たちだが、ひとりは西域ではめずらしい黒目黒髪。身につけた制服は、見るものが見ればランゴバルド冒険者学校のものだと、わかるだろう。
もうひとりは、痩せ細った体にぼろぼろの布を巻きつけただけのほとんど半裸の少女、それでも褒め過ぎだった。見た目の印象はただのボロ布の塊にしか見えない。
よくよく見れば顔立ちは悪くないのはわかるだろうが、ボロ布の塊が人間だとわかるまでが一苦労だ。
当然、列席者たちは、なんでこんなところにこいつらのような亜人、貧民が紛れ込んでいるのだろうと、白い目を向けるのだが、もちろん、この誤解は解かないほうがいい誤解だ。
入院着の亜人は、歴史上に名高い神獣ギムリウスであり、ボロ布の少女は悪名高き邪神ヴァルゴールの12使徒ミランである。
いちばん、まともそうに見える黒い瞳と髪の少女アキルに至っては、邪神ヴァルゴール当人であるのだから、せいぜい正体など知らぬが花で、ほっといてもらうのが、当人たちもとってもミトラにとってもよいことだった。
「クローディア陛下。」
クローディアが近づくと、ギムリウスは丁寧に膝をついてお辞儀をした。
「ギムリウス殿。今回はおかげで命拾いをさせていただいた。」
クローディアも同様に片膝をついて礼をした。
おそらく「まともな」人間では、こたびの諸事情、登場した面子についてもっとも知識豊かな彼は、ギムリウスについても、アキルについてもよく知っていたからだったが、まわりの者は驚いたように、これを眺めていた。
「オールべでトラブルに巻き込まれ、命を落とすところだった我々を、この者たちが救出してくれたのです。
彼女‥‥彼は、ランゴバルドの銀級冒険者ギムリウスとその仲間です。
現在はアライアス侯爵閣下に雇われています。」
「しかし‥‥亜人でしょう?」
豪奢なドレスに身を包んだ貴族の令嬢が恐る恐る尋ねた。
「恐ろしくはございませんか、クローディア陛下。」
「そうですな。たしかに恐ろしいことは恐ろしいかもしれません。ですがそれは、自然災害を恐れるようなものです。必要なのは備えあって、恐れても被害の度合いはかわりません。」
「陛下。」
自分を大事に思ってくれているのは、わかるのか、ギムリウスはにこにこしながら、回りの二人を紹介した。
「こっちのボロボロは、ミランというヴァルゴールの使徒です。もうヴァルゴールは生贄をやめたので危険は少ないです。
それからこっちの冒険者学校の制服が」
「うむ、以前、グランダ魔道院と冒険者学校の対抗戦にもいたメンバーだな。異世界からの来訪者勇者アキル殿。アウデリアからもよく話はきいている。」
邪神ヴァルゴールです、と紹介されると致命的なことになりかねないので、クローディアはあとを引き取った。
「異世界人!」
一斉にまわりがざわめく。
異世界人そのものが珍しい上に、異世界の知識は為政者にとっては垂涎の的だ。
そして、神から特殊な能力や加護を与えられた「勇者」であったりしたら、それは千年に一度の人類に対する恩恵となる。
(これは比喩的な表現ではなく、神に祝福された異世界人、つまり勇者は千年前の「初代勇者」クロノから現れていなかった)
「ぜひ、彼らをお引き立ていただきたい。」
クローディアは、そう言って、周りに頭を下げた。
そこまでされれば、周りのものもさすがに、ギムリウスたちをいとわない。少なくとも奇異の目をむけたり、露骨に舌打ちするものも少なくなった。
何人かギムリウスの美貌に惹かれたご令嬢が話しかけようとしていた。
あとはギムリウスの「常識」に期待するだけだった。
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