第348話 思惑はそれぞれ

クローディアは、アウデリアにくれぐれもつぶれるなよ、と言って、その場を去った。

ミトラに、いや西域に来る機会など滅多にない。ギウリークの、あるいはギウリーク以外の各国との顔つなぎは、必要なことだったが、アウデリアにそのことを理解してもらうつもりはなかった。

これは、一つの国の代表としての義務だったし、この労ばかり多い義務にアウデリアを付き合わせるのは気が引けていた。


だが、まず彼は、クローディア家の侍女の制服を着こなしたすらりとした美女と、彼女と睨み合っている小姓姿の少年のところで足を止めることになった。


「フィオリナ!」

と父君は呼びかけてから、

「いや、ミイシアと呼んだ方がいいのか?

両親のミトラ到着の歓迎会の席上でコスプレはあまり感心せんのだが。」

「これは、ルトのせいです。」

「なるほど、ルト殿も小姓姿ということは、ここで姫とその婚約者として名乗りはあげたくない、と言うことか?」


「カテリアの件がありますので。」

ルトはしおらしく答えた。


「それとフィオリナのメイド服となんの関係が?」

「わたしが、ルトのかわりにカテリアを口説くと言ったのに、ルトが反対したから。メイド服では伯爵令嬢は口説けないと思ったそうです。」


ふふっ、とフィオリナは笑った。


「カテリアのことを話したのか? ルト殿。」

クローディアはため息をついた。

「いかに婚約者だとはいえ、あけすけになんでも話していいというものではないのだ。とくにフィオリナのようななんでも先頭にたって突っ込んでいきたがるタイプには。」


「交渉事についてのわたしの師匠は、父上です。」フィオリナは頑固に言った。「父上ならこの状況をうまく外交の一環として利用できるはずです。」

「それは、たしかに・・・だが、それはルト殿がカテリア嬢と一曲、ダンスを踊って仲睦まじく談笑ししてもらえばよい。

なにかのおり・・・グランダ王家の乗っ取りをわたしが将来しかけるときの手駒に飼っていた、グランダ王子のハルトが奪われてしまうのではないか、とわたしがやきもきする。

・・・そう、伯爵に思っていただき、交渉の手札を一枚手に入れた、とそう錯覚していただく。

それで十分だ。」

「そのために自分の娘を差し出す父親がいるかしら?」

フィオリナが言った。

「出来の良い婿で、しかもこれから鉄道の敷設に向けて、膨大な資金と人材が投じられるグランダの王兄だ。

結果として、『そう』なっても伯爵としては十分、満足できる状況だな。

で、わたしは、伯爵閣下に『そう』思わせておけばいいのであって、自分の嫡子で跡継ぎが、むこうの娘と道ならぬ恋をはじめてもらう必要はない。」


「あら」

フィオリナはふくれっつらをした。こんな表情はお互いに家族にしかみせない。

「そっちのほうがいろいろ面白い絵が描けるんじゃないかと、そう思ったんだけど。お父上なら。」

フィオリナはまだ不満そうに、食器を並べるふりをして、そのまま、そこを離れた。


三人の会話は・・・少し離れるとまったく内容が聞き取れなくなる、高位貴族がよくこういった会談で用いる独特な発生法で行われていたが、会の主賓が侍女や小姓とするには、あまりにも親しげで長すぎだったから、これはいい判断だった。


「・・・確かに、フィオリナとカテリア嬢がそういう仲になってしまえば、それはそれで外交上の切り札にはなる。」

クローディアは、つぶやいた。

「しかし、それによって生じる自分自身への悪評というものをまったく考慮していません。ルト殿!」

「はい、親父殿?」

「あれの行動はやんわり阻止しないとなりませんな。どうもメイド服程度では、諦めさせるところまではいかないようです。」

「と、言うことは?」

「ルト殿は料理を作りつつ、外部からの侵入者に注意しつつ、身内の暴走を未然にふせぎ、会を滞りなく進行させるために裏方から回しを行いながら、カテリア嬢をフィオリナよりも先に口説いてもらうことになりますな。」


「ぼくはそんなに万能じゃない!」

少年は悲鳴をあげた。

「神の化身とかじゃないんですけど、ぼくは。」


「なにを勘違いされているのです、ルト殿。」

少年の肩を叩いて、大公陛下は笑った。

「どこの神の化身がそんなことが出来ますか。」




黒の傭兵ガルレアこと闇姫オルガは、フードを深くかぶり、デスサイズは刃を折りたたんで一本の棒にしたものを袋にくるんでいる。それにもたれかかるようにして、傍らの屈強の拳士を見上げた。

「のう、ボルテック、いやジウルと呼んだほうがよいのか。」


どちらでもよい。

と、ジウル・ボルテックは答えた。実際のところ、この数日間彼は珍しく極めて個人的な悩み、自分とドロシーを今後どうするかということを真面目に考えていたので、あまり機嫌がよくなかった。


「のう、ジウルよ。若い愛人のことはさておき、こっちを見ろ。」


うっそり、と彼女を見たジウルの表情は暗かった。

「くかかかかっ」

変な笑い声をたてたので周りの参列客の何人かがギョッとしたようにこちらを見た。


ジウルやオルガ、それにアキルは会場警備のていで、クローディア大公夫妻の歓迎会に参加している。

ジウルは拳法着、オルガは、マントで全身を覆い、男女の区別もつかない。


「お主は、あの坊やとは旧知の仲何じゃろ?

あれがグランダの“魔王の再来”ハルト元王太子か?」


ジウルは不機嫌そうに唸ったが、別段否定はしなかった。

「グランダの騒動は、わらわも概略聞いておる。次男を王位につけるために、二人の王子を魔王宮探索に駆り出した。片方にだけ、悪名高いクリュークの一党を味方につけてのう。

当然、目的は迷宮内での、あの坊やの暗殺だろうとふんでいたが、終わってみればどうじゃ?」

オルガは芝居がかったように、手を広げて、天を仰いだ。

「どういうものか、坊やは健在。だが王位を継いだのは、企み通り次男じゃ。クリュークの一味は竜殺に神獣使い、カンバスに聖者を投入したにも関わらず、敗北。いや」

オルガはずるそうに、ジウルの顔色を伺ったが、そこにはなんの感情も浮かんでいなかった。

「単なる敗北では無い。クリュークはダメージが酷すぎて、いまだにグランダから1歩も動けぬ。もはや、冒険者は引退、次のアタマを模索しているともいう。」


オルガは大げさに、ため息をついた。

「蝕乱天使をそこまで圧倒するパーティなんぞありえぬと思っておったが、なるほど、神獣に真祖か。

あの、水着の女は古竜じゃろ?」


かかかっ

と笑ったがその笑い声は小さかった。

「なるほど、人には勝てぬ。勝てるはずがない。

まるで魔王宮の中身がそっくり這い出してきたかのようなパーティじゃ。

のう、ジウル。わたしもあそこに入れんかな?」




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