第331話 剣聖はデレている
「まったく義理の息子と夫がそろって詐欺師だというのは、新妻たるわたしはどうしたらいいのやら。」
ミトラの夜道で、アウデリアさんは大仰に嘆いてみせた。手には大きな袋。中にはラウレスの特製弁当がぎっしり詰まっている。
わざわざ収納せずに、持って帰るのがお土産の醍醐味だと、言うのだがそんな話は聞いたことがない。
「しかも、義理の息子の方は、公然と浮気の相談をしている。
なあ、ルトよ。」
「浮気ではないです。政治の延長です、母上。」
嘘でもない言い訳に、アウデリアさんの目が疑惑に満ちたものになった。
「結局、おぬしの好みのタイプってなんだ?
リアは、まるきりフィオリナとは正反対のタイプだな?」
「母上のおっしゃっているのは、プロポーションのことですか?」
「あれこれ含めてだ。
プロポーションだけなら、うちのフィオリナと、あのボルテックの愛人は似たような感じだな。
自ら武器をとって戦うという気概なら、リアにも通じるものがあるかもしれん。
それにしてもカテリアは分からん!
あれは、フィオリナの下位互換だぞ?」
だから政治の問題だと。
ぼくはつぶやいた。
「伯爵閣下は、ぼくを、グランダの元王太子ハルトだと思ってます。」
「事実、そうだろう?
いまのお主にその呼び名と地位がまったく価値のないものであったとしても、だ。」
「普通は、そうは思わないのです、母上。」
政治的なことまで、拳で解決する癖のあるこの義母にどう説明したものか。
「ぼくを、クローディア大公家が、フィオリナの婿にむかえようとするのは、将来グランダを併合する際に、傀儡として使おうとする意図がある・・・と、気の利くものはそう思います。
伯爵閣下もそのようにお考えになったのだと。」
「グランダなぞ、併合したところで、守らねばならぬ防衛線が長くなるばかりだぞ?」
「まあ、いつ併合するかにもよりますが」
ぼくは親父殿に目配せした。
ぼくが話すより、クローディア大公に話してもらったほうが信頼されるだろう。
「事実がどこにあるかは、さほど問題では無いのだ。」
マントの前をあけて、夜風を浴びながら親父殿は話を引き取ってくれた。
「向こうはそう考えている。それで充分だ。
そして、カテリアの誘いにルト殿がのれば、それをダシに少しでも交渉を有利に進められると考えているのだ。」
ふん、とアウデリアさんは鼻で笑った。
「そんなものは。誘いに乗らなければいいだけのことだ。
実際、わたしは、ルトがそこまで軽薄だとは思っていない。」
「いや、ネタはなんでもいいのだ。
既成事実なら一番いいのだろうが、ほかにも、振り方が酷かった、ダンスのときに足を踏まれた、食前酒の選び方のセンスがなかった。
題材はなんでもいい。ようはわたしと交渉するためのカードが作れればそれでいいのだ。」
政治というのは、災害級の魔物なみに始末が悪いな、とアウデリアさんはつぶやいた。
「それにしても実の娘にそこまでやらせるか?
わたしはおまえらより、ミトラは長いんだ。カテリアは、クロノの許嫁だともっぱらの評判だったぞ?」
「しかし、正式に婚約したわけではない。」
親父殿は、真面目に言った。
「それこそ、当人たちの気持ち次第では、どうにでも出来る。
あるいは、女癖の悪い勇者殿よりも、ルト殿ほうが婿に相応しいと本気で思っているかもしれん。
ことの進行によってはグランダ王妃の座が転がり込むわけだからな。」
「その場合だな、肝心の当人同士の気持ちというやつは」
「カテリア嬢が別れ際になんと言ったか覚えているか?」
そう。
彼女はぼくと、目を合わせもせずにこう言ったのだ。
“あ、あんたなんかなんとも思ってないんだけど、パパの命令だから一緒に踊ってやるわ!
ステップひとつでも間違えたら承知しないからね!”
「・・・いわゆるツンデレだ。」
と、親父殿が言うと、アウデリアさんは、怖い顔で災害級の魔物のほうがまだまし、とかぶつぶつ言っている。
「いや、もうこれはデレてます。」
ぼくは断言した。
「いまなら、カテリアを賭けて、クロノと決闘でもすればぜったいに落ちます。」
勇者と決闘?
アウデリアさんは、笑った。
「わたしは、あれに稽古をつけてやった事がある。まだまだあれの引き出しは広いぞ。」
「ああ、それはぼくもです。」
まずは、帰ったらフィオリナに相談することだ。
と、無責任な親父殿は言った。
「浮気の相談を?」
目を丸くするアウデリアさんに、ぼくは言った。
「だから、政治の相談です。」
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