第332話 『悪夢』を見る『絶士』

「腕の具合はどうだ?」

メイドは、りんごを剥きかけてて諦めて、2つに割ろうとして、テーブルごと両断した。

絶望に顔を曇らせながら、メイドは、半分のりんごを放った。


『絶』剣士は、無事な方の腕でそれを受け止めた。

一口かじってから、

「うまい。」

とつぶやいた。


「おいしいならおいしい顔をしてほしい。」

『絶』魔法士グルジエンは抗議した。救援物資のなかにあったメイド服を来ている。いつも彼女がきているものより、少しスカートの丈が短くて、足が見えすなのが、気になっていたが、『絶』剣士アイクロフトは、まったく興味を示さず、いつもの憂鬱を浮かべて、りんごを食べきった。


「で? 腕のほうがもう大丈夫なら、わたしはフィオリナ姫のところに向かうよ。」


「治ったかといえば、治るわけもない。だが、戦えないかといえばそんなことはない。」


アイクロフトの腕は、深々と切り裂かれた傷口を幾重にも巻いた布で固定している。ただの剣ではない。神獣の骨から削り出された呪剣グリムによる傷である。

治癒は遅い。


「グエルジン、アイクロフト。」

部屋に入ってきた巨漢は、床におちたりんごの破片と切断されたテーブルを見て、顔をしかめた。

『絶』拳士シホウである。

「料理はやめておけと・・・」

「りんごの皮をむくくらいは・・・」


シホウは、床におちたカゴからりんごをひとつ、拾い上げた。

「敵の生皮をはがすつもりで切ってみろ。」


ひょいと、放られたリンゴに、グエルジンの包丁が走った。

皮のみが消滅した。床におちる丸い球体をグエルジンが受け止めた。

「あれ? うまく行った・・・」


「新しい情報と指示が来ている。」


「へえ。」「うむ。」


「銀灰皇国の『悪夢』が国を出たらしい。行き先はこのオールベだ。」


「ふんふん。」「なるほど。」


二人の絶士の表情に恐れはない。

まるで楽しい予定を聞かされたような。新しいおもちゃを与えられたような。無邪気な喜びの表情だけがそこにある。

もっとも憂い顔の『絶』剣士アイクロフトは、わずかに片方の眉をあげただけで、親しいものでなければそれが「歓喜」の表情だとはわからないものだっただろうが。


「半ば鎖国状態の銀灰皇国が、なにゆえに『悪夢』を放ったのか。」

アイクロフトが言った。


「これは、推測でしかないのだが。」シホウは考え込むように言った。「銀灰皇国のオルガ・・・通常闇姫が皇帝暗殺の疑いをかけられて逃亡している。

銀灰皇国としてはこれを無視するよう勅命をくだしていたはずだが・・・・。」

シホウは、ニヤッと笑った。

「オルガ姫はずいぶんと嫌われていたようだ。鉄道公社の情報部が察知しただけでも、追手との三回の戦闘があり、すべて相手を返り討ちにしている。」


「『悪夢』は皇帝直属の精鋭部隊だ。やりあったことはあるかい? シホウ、アイクロフト?」


「悪夢にあって逃れたものはいないそうだ。」

シホウもまたうれしそうだった。

そういうやつらを集めたのが、「絶士」である以上、これは当然の反応であった。


「そこで思い出されるのが、ジウルが連れていた女だ。」

「・・・あのドロシーって弟子?」

「いや、もうひとり、黒い髪と黒い瞳の女がいただろう?」

「ああ・・・アキル、とか言った。」

「黒目、黒髪は銀灰皇国以外では珍しい。」


アイクロフトとグエルジンは顔を見合わせた。

「あれが、銀灰皇国の闇姫オルガ!?」


「可能性の問題だ。だが、『悪夢』の行く先は、このオールべであること、先のロデリウム公までついて旅をしていたところをみると、その可能性は高いぞ。」


「で? 『悪夢』はアキルをどうするつもりなのかな。」






「どうしたの? まだ気持ち悪いのイザークさん。」


オールベに向かい魔道列車の一等席だった。特別な個室などはないだ、ソファは豪華で、たっぷりと幅をとっている。

向い合せの四人席で、イザークの反対側には、『悪夢』がいた。

『悪夢』は固有名詞ではない。銀灰帝国の皇室がもつ直属の精鋭たちを指す。

そのひとり、ミルドエッジ老師は二人の弟子をつれて、イザークの真向かいに座っている。

二人がけの席なのだが、長身ながらスレンダーな美女であるアモウと、もう少し幼い感じではあるが、これも華奢なクルスのふたりに囲まれたその姿が十歳ほどの少年に見えた。


魔法に向いた人間を育成することに熱心な銀灰皇国では、体内に過剰な魔力を宿して生まれる子供があとをたたず、それが「老化」の遅延といった面ばかりではなく、成長期の発育にも影響する場合が多々合った。

なので、銀灰皇国では、それをあっさり「個性」として切り捨て、見かけの年令による区別をまったく行わないのが通例である。


「バクオンが『暴走竜』なんてよばれているのは、ボクはかわいそうだって思ってるんだけど。彼は、あれで丁寧に飛ぼうと努力はしているんだよ。

ただ、力場の展開が下手で加速減速、上昇降下による影響を運んでいる人間にもろに伝えてしまっているだけで、飛び方はオーソドックスでトリッキーなことなどなにひとつしていない。そもそも少しばかり飛び方が荒いからといって、山越えの3日の旅を数時間に短縮できたことへの恩恵のほうが大きいと思うんだよね。」


「・・・理屈はわかりますよ、老師。」

イザークは、内容物を失った胃がなおもひくひくと動くのを感じながら言った。

「わたしははじめて竜にのったわけではないのです。しかしこれは・・・」


「老師なんてよぶなと言っただろ! この見かけでそんな呼び方をされるだけで、銀灰皇国以外じゃあ、注目の的だぞい。」

じじくさい言い方で、ミルドエッジは言った。

「わしは、十年ぶり。アモウとクルスに至っては、国の外での任務ははじめてじゃ。

一応、髪と目の色は変えてあるが、今回の任務が円滑にすすむかどうかは、お主にかかっておるのじゃぞっ!」


「ミッちゃん、言葉遣い!」

クルスがそういいながら、ミルドエッジの頭を撫でた。

「ごめんよお、クルスおねえちゃん」

ミルドエッジが、クルスの胸に頭をもたれかけさせた。

「だって、この護衛士があんまり役にたたなそうで、がっかりなんだ。」


「気をつけろよ、イザーク。」

どこか遠くをみるような目で、イザークをみつめたアモウの背はすらりと高い。

「わたしたちはおまえを頼りにしているのだからな。」


「まず、設定を少し考えておきましょう。」

イザークは言った。

「この四人が旅をしている理由です。宿をとるにしてもそれをすらすらと答えられなければ、いきなり不審者と見なされます。」


「いい考えだな、友よ。」

アモウが感情のこもらない声で言った。

「で、なにがいい。」


「ミルドエッジ殿は、グランダの貴族の師弟で留学生ということにしましょう。その下見のために西域を訪れているということに。

あなたとクルスはその身の回りの世話をする付き添いです。わたしはお三方の護衛。

これで、少なくともそれ以上の興味はひかれないはずです。」


「・・・悪くないだろう。」

と、アモウが言ったが、その感情のこもらない目は、その先を話せと促している。


「問題は、それよりも皇太子や第一皇女、中央軍の暗部がどう動くか、です。とりあえずは様子見をしてくれるとは思いますが、我々の意図がアレを、無事に銀灰皇国に連れ帰ることにあると判明した時点で、もろともに抹殺を試みてくるでしょう。」


楽しみだね!

とクルスは破顔し、ミルドエッジもくすくすと笑った。


「・・・逆にいえば、それ以外のトラブルは避けたいのです。」

イザークは、言っても無駄かもしれないと思いながら付け加えた。

「銀灰の『悪夢』は、各国の暗部にとっては興味の的です。まして、これから探索の中心となるギウリークは政情が不安定です。」

「それは聞いておるよ。」

ミルドエッジがじじいのしゃべり方で言った。

こっちが地なのだろな、とイザークは思った。

「駅の運営を巡って、各地の領主と鉄道公社が揉めておる。つい先日は、まさにこれから行くオーベルの領主が何者かに暗殺され、後継者もまた変死。実質的に鉄道公社が送り込んだ保安部によって街が支配されている。」


「とくかく、目立つことは禁物です!

わたしたちは、グランダからの留学生の坊ちゃんの一行!

いいですね!」


だが、オーベルの街に降りた瞬間、それはもろくも崩れた。

「悪夢」たちを出迎えたのは、縦にも横にも広がった巨漢、憂鬱な顔の優男、エプロンドレスの娘の三名。


「我々は鉄道公社の保安部だ。」

巨漢が言った。

「別段、銀灰皇国に含むものはない。鉄道は万人のためにあるのだからな。たが、オールべで騒乱を起こすようなら次の便まで拘束させていただく。」


その男のことを、イザークは知っていた。もと英雄級の冒険者!

“拳聖”シホウ!

「鉄道公社の絶士が」

思わず発した声は呻きにも似ていた。

「なぜ3人も!?」

これを聞いた悪夢の師弟が、にいやぁっと笑った。


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