第329話 クローディア大公、ミトラでも暗躍す

ぼくの見た限り、この日の晩餐会は、和やかに進んだ。

アライアス侯爵の兄であるビヨンド枢機卿は、少なくとも後暗いところとは、縁の遠い学者肌の人物で、オールべでの災難について、心からクローディアの親父殿に詫びた。

枢機卿がそんなことをしては、通常はいけないわけで、まわりの貴族たちがとめに入ったが、彼はなかなか頭をあげようとはしなかった。

「そこ」まで含んでの、パフォーマンスだということは、たぶん、ぼくにもわかったから、海千山千の親父殿はしっかり理解していたと思う。


親父殿は恐縮したように、枢機卿の手を取り、まったく気にはしていないと繰り返した。

そのあとは、しばしラウレスの鉄板焼きに一同はときの経つのを忘れたようだった。

たかが肉を焼くのに、細心にコントロールされた魔法を使うという、贅沢の極み。

しかも、そのような微細な魔術制御はそれこそ、古竜でもないと不可能で、ただでさえ、古竜はそうそう個体数が多くないことを考えると、これは世界開闢以来、初めての出来事かもしれなかった。


その味と希少性に、今宵も列席の貴人たちは酔いしれたのであるが、ぼくにしてみれば、焼いた肉を転移で各自の皿に出現させるパフォーマンス中に、直接、口でキャッチするという地味で下品な技を披露したアウデリアさんも立派に化け物じみている。

だって、転移の途中のものを、咥えとるなんて普通ありえないだろう?


全員が、食事を堪能し、食後の飲み物が給仕されたところで、親父殿がきりだした。

そのとき、話題は魔道列車とその交通網のもたらす、社会への革新、というテーマになっていたのだった・・・


「しかし、実際に線路を敷設し、駅が作られるのは、誰かの領地になってしまうわけです。」

ミトラで流行っているのは、とにかく、どんな酒でも炭酸水で割ってしまう飲み方だった。

親父殿は、しゅわしゅわと泡の経つ琥珀の液体を豪快に召し上がりながら、親父殿は言った。


「線路の敷設に伴う負担は、鉄道公社が持っています。」

割と公社よりの発言をするのは、ガイストブエス侯爵だ。

この晩餐会には、なんどか顔を出している。

「また、駅の設営がその街の発展に繋がるものであれば、領主としても忌諱すべきものはないかと存じますぞ。」

「ですが、残念ながらその程度の利益では不十分と考える領主もいるようです。」

親父殿は、笑みを浮かべた。



「そ、それはどういった・・・」

ガイストブエス侯爵は、狼狽した。


「エステル伯爵閣下です。

お身内に、列車の運行を妨害させて運上金をせしめると言った行為を繰り返していたようですが。」

「そ、そんなことは」

「誠にわたくしも信じたくはありません。」

親父殿は、ため息をついて首を振った。

「ですが、これは伯爵亡き後、暫定的に、ほんの数日ではありますが伯爵位を継いだキッガ殿、ならびにその後見人であったゼナス・ブォレスト鉄道公社局長から直接伺った話しなのですよ。

エステル伯爵がキッガ殿に盗賊団を指揮させ、列車の運行妨害を折り返していたこと。

それに業を煮やした鉄道公社が、オールべを直接管理下に置こうとしたこと。」

「そ、それは」

ガイストブエス侯爵は口ごもった。

おそらく、この人物は鉄道公社からの息のかかった人物なのだろう。

つまり、いまの親父殿の話しが、本当であることを知っている。

だが、公に認めることは出来ない。

「な、なにか証拠はおありなのか?」


「そうですな。」

親父殿は考え込む(ようなフリをした)。

「例えば、キッガが率いた白狼団なる盗賊の一味はこぞって負傷して入院。いまはそのまま軟禁されているはずです。

あるいは、いま現在、オールべの治安維持にあたっている鉄道公団保安部のものたちに確認いただいても同じ答えが返ってくるでしょう。」


「死人に口なし、ということですかな。」

ガイストブエス侯爵は辛辣に言った。

「首謀者は皆、墓の下だ。」


「エステル伯爵が直接関わっていたかはともかく、オールべを通る列車が、盗賊による運航妨害により、たびたび遅延を起こしていたのは事実だ。

そして、エステル伯爵がそれに対して、一向に有効な手段を取れなかったことも。」

口を挟んだのは、ガルフィート伯爵。剣聖カテリアの父君だった。


初代の剣聖ガルフィートに連なる名門中の名門のはず。

当代のガルフィート伯爵は、ギウリークの文武の要とも言われている。

ぼくは、ミトラに来てから、彼のことを少々調べてみたのだが、確かに評価は高い。

・・・というか、彼が関わらなかった軍事的、外交的行動で、失敗しなかったものは一つもないくらいに有能な人物だ。

他がアレすぎるせいかも知れないが。


「鉄道公社からは、オールべの街及びその周辺の路線について、直接管理をさせるように、再三打診があった。

この度の、列車遅延は、いつもにもまして拗れた。

ゼナス・ブォレスト局長が、自ら解決のため、オールべ入りしたとのも、そこから日をおかずに数千の兵を動員したのも確認している。」


「へ、兵ではない。保安局の局員だ。」

「うむ、ガイストブレス閣下。言葉あそびをしているときではない。

数千の集団での戦闘訓練を受けて、一定の命令系統に沿って戦うものは、兵としか呼びようがないのだよ。

ゼナス・ブォレスト氏が、強引にオールべの接収に動いたのか、解決のために圧力をかけるためだけならば、いくらなんでも三千規模の兵や『絶士』は必要ないはず・・・とわたしなどは考えてしまうのだが。」


「ガルフォート閣下。」

親父殿は、感謝の意を表すために、ガルフォート伯爵に一礼をした。


「ゼナス・ブォレスト氏がどのような図式を持って、オールべを接収しようとしていたかは、残念ながらわたしにはわかりません。」

親父殿は、とぼけた顔で言った。

「ただ、わたしは実際にその場におり、局長殿やキッガ殿と直接、言葉も交わしております。

どうも思うには、ゼナス・ブォレスト氏は、キッガ殿との個人的な関係を元に、あの地域一帯を、個人的な所有物にしようとしていた・・・としか思えぬ言動を繰り返していました。」


「そ、それは・・・」


そう、それは、ギウリークはもちろん、鉄道公社の意図も超えた策謀だ。


「ならば、オールべはこれからどうすれば、よいのか・・・」

枢機卿も含め、出席者全員の顔が暗いものになった。


ガルフィート伯爵は、親父殿をまっすぐに向いて尋ねた。


「何かお知恵をお借りできますでしょうか、陛下。」

「そうですなあ・・・」

顎ひげを撫でながら、親父殿はつぶやいた。

「全く難しいところです。

従来の我々のような封建領主には、正直鉄道などという管理は、理解の範疇を超えています。

かといって、鉄道公社も、直接、街を地域を差配する用意はできていないようだ。


ウォルト!」


え?

ぼくに来ます?


「これは我が家中のもので、将来を嘱望している少年です。此度、わたしとアウデリアの救出にも尽力してくれた。

どうだ?

何か知恵はあるか?

食事会での発言だ。思いつくままにしゃべってよいぞ。」



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