第327話 夜の交渉事
「まったく悪い魔術にでもかかったようだ。」
帰り道、アウデリぼやいた。
「これで、本人は交渉下手、外交は苦手と本気で思っているのだから、タチが悪すぎる。」
いささか、酔ったようです。
酔い覚ましに歩いて帰りたいのですが。
クローディアの発言に、枢機卿やアライアス侯爵はもちろん、出席した貴族たち一同は猛反対したのだ。それはもちろん、日が落ちてからのミトラの治安の悪さのためである。
(場所にもよるが、先日、ウォルトとミイシアが歩いたホテルから、学生街までの通りなど、昼間から治安の悪いところも多い。)
せめて護衛の兵をつけさせてもらえるように、懇願したのだが、傍らに付き添う怜夫人が、なんとも獰猛な笑いを浮かべて、足手まといにならぬ精鋭をご用意いただけるのか、と尋ねると、引き攣った笑顔で黙り込むしかなかった。
此度、ミトラの大聖堂にて正式の披露宴を予定しているこの新妻が、冒険者として名高いアウデリアであることを思い出したのである。
枢機卿は、単なる神学の学級の徒ではなく、政治的な常識も兼ねていたので、
「兵の五名も連れていただければ、そもそも襲撃をうける心配すら無くなるのでは?」
と食い下がったのだが、
「食後の運動の邪魔をするのか?」
と、一蹴された。
どのみち、クローディアがそんなことを言い出したのは、アウデリアやウォルトと(主にウォルトと)内密の会話をしたかったからなのだから、護衛兵などつけてもらっては困るのである。
先のアウデリアのセリフは、三人きりで夜道を歩きはじめて、すぐのことだった。
「実際に、海千山千の財務卿などと接していると、わたしの外交などこどもの遊びだ。」
「どうですかね。」
ウォルトは疑問を呈した。
「財務卿の交渉ごとはたぶんに、詐欺と脅迫を混じえたものです。
まっとうな交渉ならば、陛下に勝るものは西域諸国にも少ないでしょう。」
「陛下はやめていただきたい。」
「なら、なんとお呼びすれば。
ぼくは、グランダ王室を離れた無位無官の一冒険者にすぎません。
所属としても“不死鳥の冠”は離れているので親父殿とはよびにくいのですよ。」
「いい方法がある。」
アウデリアがうれしそうに口をだした。
「我が君のことは父上と呼ぶがいい。いずれ愛娘の婿となる身だ。差し支えあるまい。」
「わかりました、母上。」
黙り込んだアウデリアに、してやったりとニヤつくウォルトに、クローディアが言った。
「いや、アウデリアは感激しているようだ。」
「は?」
「フィオリナは滅多に、母上と呼ばんからな。」
しばし、三人は無言で歩いた。
途中、ウォルトが物陰に向けて、短剣を放った。何かが悲鳴をあげた。
アウデリアが、二度と、殺気を放った。
何者かがひっという声を上げて逃げていった。
******
ギウリークが、公式にではないにせよ、クローディア大公夫妻をミトラに招いたのはひとえに懐柔のためである。
クローディアの手腕のために、ギウリークとしては近年稀に見る外交的敗北を喫してしいるのだ。
クローディアの武勇、あるいは彼の指揮する騎士団の勇猛は知られてたが、交渉ごとにも長けたけた傑物とは!
しかし。
幸いなことに彼は、条約を締結したグランダの人間では無い。
この一連の出来事とほぼ、ときを同じくして誕生した(あるいは復活した)クローディア大公国の主である。
ならば、グランダにとってマイナスとなることでも、クローディア大公国にとってプラスになる提案ならば受けいれられる価値はあるのではないか。
具体的には、クローディアを大いに歓待し、ギウリークの爵位と西域に領地を与える。
辺境の小国にとって、西域八強国のひとつギウリーク聖帝国の爵位は垂涎の的であるはずだ。
ならば、そこをきっかけに、ギヴリーク側にだきこんんだしまえば。
「魔王宮」に対する一連の条約の見直しをグランダに対して迫ることも可能になるのではないか。
・・・
残念である。
実際にその通りにことが運んだとしても結果は、ギウリークの外交部が考えた通りにならなかっだろう。
故事に詳しいクローディアは、くらいうち、という言葉もよく知っていたし、なんなら、ギウリークが「そうくるであろうこと」も充分理解していた。
だが。
起こった現実は「そこ」までも至らなかった。
クローディア大公の一行は、オールべで足止めをくい、さらに鉄道公社のオールべ接収騒ぎに巻き込まれたのだ。
単なる居合わせた第三者としてではない。
こともあろうにエステル伯爵の殺害の犯人として逮捕または、そのまま密かに抹殺されるところだった、のだ!
そのこと自体は、アライアス侯爵が送り込んだ冒険者“踊る道化師”によってなんとか阻止できた。
だが「いやあ、無事でなにより」ですむ状態ではないこともまた明らかだったのだ。
さらに、オールべは現在、クローディアの「助言」に基いて、治安局と鉄道公社の指揮のもと秩序を取り戻しつつある。
つまり、オールべの下手をすれば、街を崩壊されていたかもしれない混乱からの救い主でもあるのだ。
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