第326話 主人公は新たなフラグをたてる

「これはラウレス・・・さま。」

門番兵は、料理人に会釈をした。最初の晩に料理人風情が正門から出入りするなともめたあの門番である。

流石に元聖竜師団の顧問であった古竜であり、ラウレスの評価が、聖光教会の上層部や貴族の間でうなぎのぼりなのを知って、随分と態度は丁寧になっている。


「今宵は特別な客人をお連れしている。」


と、いうと、門番兵の顔に疑問符が浮かんでいる。

理由は「お連れした客人」にあった。


どちらもとんでもない筋肉に覆われた男女である。

一見すると現役バリバリの冒険者、それも先頭に立って戦う前衛を担当する腕利きの冒険者に見える。

だからといって、じっくりと見てもやはり、前衛を担当する冒険者にしか見えない。

言っては悪いが教皇庁の晩餐会に出席する身分のもことはとても思えない。


「失礼ながら、ラウレスさま。今夜のお食事会の列席者はもう決まっておりまして・・・」

「ん? アライアス侯爵閣下から先触れは来ていいないのかな?」


「侯爵閣下は、先ほど、すでに到着されています。そのまま、ビヨンド枢機卿のところに行かれました。」


「困ったな。この二人をお連れする連絡は入ってないのかな。」


「いや、こちらにはなにも・・・」

と言ってから、門番は困った。

それなりの格好のものなら、他ならぬラウレスの連れである。通しただろうが、新顔の男女はいずれも革の胴衣に、ブーツに脛当て、膝あて、一応豪奢なマントを羽織っているのだが、それを除けば、まあ、よく言って羽振りのいい冒険者の格好だ。


「やあ、ラウレス!」


彼らの後方から、快活な声がかかった。


「ウォルト、この前はすまなかったね。怪我がもうよければまた稽古の相手を・・・」

そう言って、目の前の大男たちに気がついた。

「これは! クローディア大公陛下とアウデリア様!

いつミトラにご到着されたのですか?」


勇者クロノは、うれしそうに言った。


門番はまたも震え上がる羽目になったが、幸いなことにクローディア大公夫妻は些細なトラブルなど気にならない(あるいは力で解決したがる)人物だったので、特に咎められることはなかった。


ウォルトはいつもの感じで影のようにラウレスについて、中に入ろうとしたが、

「あ、あなたのことを信用した訳じゃないんだからね!」

怖い目をした美少女が、ウォルトを呼び止めた。


「『剣聖』カテリアさま」

どことなく、フィオリナを思わせる伯爵令嬢は、研ぎ澄ましさ名刀のごとき、冴え冴えとした美貌にウォルトは、素直に頭を下げた。


「きみが、クロノと互角に戦ったという少年か。」


初代勇者パーティの剣聖ガルフォードを祖に持つガルフォード伯爵は、落ち着いた物腰の紳士だった。


「パパよ。」

「人前でパパはやめなさい。」


ガルフォート伯爵は、品よく苦笑を浮かべた。


「互角などと・・・・」

ウォルトはもう一度、頭をさげた。

そのしながら、両の手を開いて空にむけるのは、武人が貴人に対する礼であり、その意味では正しいものだったのだが、カテリナの額に青筋がたった。


ウォルト少年は、自分対しては貴人の礼をとらなかったのだ。


「パパ! こいつは留学生と偽って、ラウレス閣下に近づいたのです。」

「人前でパパはやめなさい。」

「その実は、クローディア家の間諜です。しかもクロノを凌ぐ剣の冴え・・・」


クローディアは、こちらも苦笑しながら振り返った。

「我が家中のものが、失礼をいたしました。ガルフォート伯爵令嬢。」


一国の王に対する礼としては、むこうから話しかけられぬ限りは、こちらから、挨拶をすることは憚られる。

そして他国を訪問した王としては、正式に紹介されるまでは、なにもしないのが礼儀とされる。


つまり、ガルフォート伯爵家令嬢カテリアは、それをすべて台無しにしてしまったのだが、本人だけは気が付かない。

すばやくカーテシーを披露してみせたのだが、剣士としての男装の彼女にはつまむべきスカートの裾もないため、かなり妙なものになった。


「グランダ訪問のおりは、駆け違いが多く、お話をする機会もなく失礼した。」


「クローディア陛下。」

ほっておくとなにを言い出すかわからない娘を押しのけるように、ガルフォート伯爵は膝をついた。

辺境にできたばかりの新興国の君主と、西域の強国の名門伯爵家の当主では、そこまでする必要は本来なかったのだが、これまでのところ、やることなすこと、ギウリークはクローディア大公にしてやられている。

武力を背景に無理やり有利な条約をせまって一蹴され、ミトラへの訪問の途上で危険にさらし、さらに自分の娘が会って早々の無礼を働いている。


「ガルフォート伯爵、挨拶はまた改めて。」

クローディアは静かに一礼した。


ウォルトは思った。

フィオリナを連れてこなくてよかった。

同じタイプは同じ場所にふたりはいらない。


「あ、あなたのせいで、恥かいたじゃないっ!!」

小さな声で、カテリアが言った。

小さな声で話すために、その分、彼女はウォルトの近くに寄っていた。そう息がかかるほどに。


うらめしげにウォルトを見上げる瞳が燃えている。

押し付けられた胸は、フィオリナやドロシーよりは「ある」けど、リアほどの迫力はない。


「あの・・・『剣聖』殿は、クロノさまの婚約者なのでは?」

「ああ・・・」

カテリアは少し頬を紅潮させていた。

「まだ正式な『婚約者』じゃないけど。」


いや、リアともドロシーとも違って、カテリアになにかしてやったつもりはないんだけどな。

ウォルトは首をかしげた。



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